ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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カローラに乗って。

赤ちゃんが「オギャー」と生まれ一番最初に持つ感情は、「オギャー」と泣いているのだから「嬉」である訳は無い。私の好きなマッキーが『生まれたときあんなに大きな声で泣いたのは このココロとカラダを全部使って 今度こそは誰かに何かいいことをできるチャンスをもらえたのが嬉しかったからなんです。』と歌っているからと言って、「嬉しかったのだ」とは思えない。あの「オギャー」は「ここさむい!」「くるしい!」「あかるい!」「何だか分からないことがおきている!」と言って大きな声で泣いているのだと思う。そしてその後、赤ちゃんは成長と共に、泣くことだけではなく笑うことも覚え、徐々に喜怒哀楽を持って行くのだろう。

喜怒哀楽は基本的な感情でその他にも人間にはいろいろな感情がある。その中に、物心ついた時にようやく持つ感情がある。「恥ずかしい」という感情だ。幼い子は「恥」も知らずに行動する。だが、一度この「恥ずかしい」という感情を持つと、それは、喜怒哀楽同様に、いやそれよりもむしろ強く人に影響する感情となる。

幼い時の出来事を思いだしてみよう。その中の半分とまでは行かないが、いくつかの思い出は「恥ずかしい」と感じた時のことだ。それは今思うと大したことでは無いのに、子供心ながらに「恥」を感じ、そしてその小さな「恥」をこんな大人になってまで引きずってしまうくらい、その「恥ずかしい」という感情は強烈なものなのだ。

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動物だって喜怒哀楽を持っていると思うが、おそらく「恥ずかしい」という感情は人間だけのものなのだろう。それは「自分」の姿を知り、中身だけでは無く「外見」からも自分を見、他の人と比較してしまうからなのかもしれない。もしハルが自分が小さな犬だと知ったら、あんなに偉そうに他の犬にワン!なんって言ったりしないのかもしれない。鏡の中の自分を見ても、あの小さな犬は自分だと思っていないのだろう。実際クルミに至っては鏡の前に立尽し、「どうしてあなたはそこから出てこないの?」というようは不思議な顔をしたりする。もし、私が自分の外見を一度も見たことは無く、背が高いのか低いのかも目線だけで判断し、どんな顔をして、どんな髪型で、皺があることもシミがあることも知らなかったら「恥ずかしい」という感情は持たないで済むのかもしれない。いいな。

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小さい時にはおばあちゃんが誉めてくれた目も口も、小学生になると男の子に「たれめ!」「おちょぼ口!」と茶化されてあっという間におばあちゃんにかけてもらっていた魔法は消えてしまった。顔の中で一番好きだと思っていた「えくぼ」ですら、「えくぼお化け」と言われてから違う目で見るようになってしまった。こうして目で自分を見ることと同様に「耳で人の言葉を聞くこと」も恥ずかしいという気持ちに加担する。茶化されても、「自分は自分」とその言葉に耳を傾けず自信を持って入れば格好良いのに、なかなかそういう態度が出来ない。出来ないどころかむしろ自ら「私はたれ目だし」「団子っ鼻だし」と人の言葉を借りて欠点を暴露してしまったりするのだ。

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決まったことを日々行っているような我が家の生活に、ここ数週間、急に加わった活動がある。それは車のディーラーをめぐることだ。10年乗り込んだ愛車カローラがたが来て、修理してもまた次の修理とその修理代が割に合わなくなって来たのだ。カローラを買ったのは10年前。その時はまだ収入が無い時で、残っていた貯金で思い切って買ったのだ。テキサスの時には車さえも持てなかったこと、そしてこのカローラが私達が初めて自分達の選んだ新車だったからそれは嬉しく、愛くるしかった(←クリック)。

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ナンバープレイトはSACCHANとし、さっちゃん号。そしてハルが家族に加わってからはプレートを変えHARU号となった。何年も乗り込んで行くうちに、もちろん消耗品である車にはだんだん不具合が出て来る。それと共に私は自ら『ポンコツHARU号』と自分の愛する車を愛情を込め卑下するような呼び方を始めた。その後修理箇所が見つかった時、哲は「さちこがポンコツポンコツ言うから本当にポンコツになったんだよ!」と少し怒って言っていたっけ。あんな風に哲が言うのは珍しかったから覚えている。そんな風に哲に言われても、ブログと言う公の場で「ポンコツHARU号」と一度呼び始めてしまった私は、その後も引き続き「ポンコツHARU号」と呼び続けなくてはならないような気持になり、でも呼ぶ度に「ごめんね」と心の中で言っていた。

10年経った今、哲はカローラを卒業しようと決めたらしい。そしていくつか回ったディーラーで乗った車は「私達がこんな車に乗れるようになったの?」と思うような車で、もちろんディーラー側はいろいろと質問をしてくる。毎回必ず聞かれるのは「今、何乗ってる車は何ですか?」

とあるディーラーに行った時、例外なくこの質問を投げかけられた。そして、「カローラです」と言うと、良かれと思って言ったのだろうが
「HA!それは今度は自分にご褒美だね。もう僕はこれに乗る価値がある!っていうご褒美だね。」
と結果的にカローラを少し馬鹿にしたような言い回しになったのだ。私はその言葉を耳で聞いてそのまま真に受け、その言葉と口調を「心」に伝えてしまった。

カローラを持っているのは恥ずかしいことなんだ。

それからというもの、私は他のディーラに行って同じ質問をされると、普通にただ「カローラです」と言えなくなり、「あははぁ、、カローラなんですよ、、」と答えるようになった。そんな様子を見て「カローラの何が悪いんだい?」と逆にフォローしてくれるディーラーがいたくらいに、きっと私がカローラを持っていることを「恥」と思っているように見えたのだろう。

恥ずかしいという気持ちはとても嫌な気持ちだ。なぜならそれは自分に対して失礼だからだ。人の言うことを耳で聞き真に受け、自分を失う。
あ!だから「恥」という漢字は「耳」と「心」で出来ているんだ!耳が心とくっついてしまった時に、恥ずかしいという気持ちが生じるんだ!
なんて勝手に納得していたら、どうやら「恥」という漢字は、恥ずかしい気持ちを持つと耳が心臓のように赤くなるからと説明されていた。
でも、私の中では、耳から「恥」は来ると思う。私のモットーの一つに自分の目を信じる。自分の体験を信じるというものがある。だから人の言う噂話などには耳を傾けずそれに左右されないようにしているのだが、それが自分に関わることとなるとそれが出来ないものなのだ。

また明後日ディーラーに行く。愛車カローラに乗って。ブレーキをかけ止まる度にどこかで変な音がするカローラに乗って。そして今度は胸を張って、、、とまでは行かないが、「カローラに乗っています」と恥ずかしがらずに言おう。恥ずかしいと思う気持ちは自分が勝手に作った感情。

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ポンコツHARU号、いざ!


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金メダル。

体操で金メダルを取った内村選手の奥さんが、こうちゃんはオリンピックに行く時もいつもと同じように「いってきまーす!」と普通に出て行ったんですよ、と取材で述べていた。そんな大事な日、私だったらどのように見送るのだろう。

あ!!そうだ!!明日はあのポロシャツを着て哲を見送ろう!

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あのポロシャツとは震災の時にラルフローレンが寄付のために作った日の丸のワッペンが胸に付いているポロシャツだ。
そうだよ、哲はアメリカで頑張る日本代表だもの。
我ながら良いことを思いついたと1人盛り上がり、ポロシャツをクローゼットの奥から引っ張り出して準備していた私だったが、ふと、、
あ、もしかして、私の気合が哲に伝わって、プレッシャーになったら良くないかな、、
と考えに考えて踏みとどまった。そんな自分に心の中で「よく踏みとどまった!グッドジョブ!」と言った。そう、普通に、普通に、普通に見送らなくちゃ。

哲がテレビに出ることになったのは数日前に分かっていた。その時は意外と普通に受け止め、気軽に行こうよという気分で私も構えていた。だが、いざその日を明日に控えるとやはり興奮してきてしまった。そんな私に明日はお弁当を作って欲しいと哲が言った。
うわぁ、こんな時に限って、なんにも冷蔵庫にないし、、、
でも、何とかお弁当らしきものを用意した。

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入試などと違って昼休み中に食べ、その後も試験があるのなら入れるものを入念に考え、お腹に優しい物を作るよう気をつかうのだが、今回は放映が終わった後だ。その分、気は楽だ。でもだからこそ、何か豪華なものを入れてあげたかった。

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お弁当を手渡す時に内村選手の奥さんを見習い普通に「行ってらしゃい!」と言い、でも「頑張ってね。大丈夫だよ。」と付け足した。力の入った笑顔は、いつもより長く振り返ってこちらを見ている哲の背中を叩く気持ちだった。

それは前の晩のこと。
哲、明日の放映、ライブで観なくても良い?怖いから。
いいよ。
そんな会話をやりとりした昨日だったが、哲の一世一代の舞台を生で観なくて妻として良いのか、、と思い直し、朝、
哲、やっぱり生で観るから。
うん、そうだね。
だから、テレビの付け方教えてくれる?すぐに見れるようにセッティングしておいてくれる?
分かった。

普段テレビを観ないから、4つもあるリモコンのどのボタンのPOWERの文字がテレビにつながっているのかも分からない。
これを押して、これを押して、これ。
これ押して、これ押して、これね。うん、分かった。

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9時45分。哲からメッセージが入った。
緊張するねー。
大丈夫だよ。いつも患者さんと話していると自己暗示して。
大きな声で話した方が緊張しないよ。
幸子の背中にしていると思って。昨日の夜と同じだよ。

そして哲からは親指を出す絵文字マークが送られて来た。

そんなやり取りをした後、10時になる前にテレビをつけようと思ったらつかない!
慌てて出演間近の哲に「哲!!テレビがつかない!」と駄目妻はメッセージを送った。もちろんもう哲はメッセージを見ているような状態ではないのだろう。返事は無かった。
いろいろなボタンを押し、押し、押し、、、
ついた!!
あぁ、、良かった~。

そして、ソファに座り、哲の出演を待った。

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哲が出て来た。テレビの画面に哲を見、そして会話を振られて話している哲の姿を見た時、
なんて立派になったんだろう、、、
とテキサス時代の哲を思い出し、涙が出て来た。

赤いリュックを背負って自転車に乗って学校に通っていた哲。
節約のためにみんなが美味しそうなサンドウィッチやハンバーガーを買っていても3年間ほぼ一度も買ったことはなく、毎日お弁当を持って行ってもらっていた。小さな小さなお弁当箱で、今はおにぎりお弁当にする時に使っているものだった。
哲が国家試験を受ける日、あの日もお弁当を作った。お腹を壊してはいけないと、きっと気を使ったものを詰めたのだと思う。(←クリック
あの時の哲が今は白衣を着てテレビに出ている。同じようにお弁当を持って行って。


そして5~6分のコーナーは無事に終わった。哲は落ち着いていた。「お疲れ様!とっても良かった!!!」とすぐにメッセージを送った。
疲れたことだろう。哲を知らない人にとってはテレビの単なる1コーナーに出ている人として流して観るのかもしれないが、私にとってはそれは光り輝く人、光り輝く1コーナーだった。日本人としてアメリカで頑張って来た哲のご褒美のように感じた。しばらく私は放心状態だった。

その30分後、お弁当を手に持った哲が帰ってきた。どうやら食べる場所が無く家で食べることにしたらしい。
蓋で潰れてしまったお弁当を嬉しそうに見、そして嬉しそうに美味しそうに食べている哲を目の前に、

あのね、本当は日本の国旗の付いているあのポロシャツで見送ろうと思ったの。でも気合入れ過ぎかな、、と思ってやめたんだよ。
あはは。

哲がオリンピックの選手では無くて良かった。私の器量ではとても無理だ。でも哲には金メダルをあげよう。「元気が無くなったらこのビデオを見れば良い。これで長生きできるよ。ありがとう!」とお母さんに言わせた哲に金メダル。

哲、お疲れ様でした。
今、人生で一番嬉しかった時は?と聞かれたら(←クリック)、この日をあげるのかもしれない。


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幸子。

誰かに大切に思ってもらっていると感じるのは、自分が誰かを大切に思い愛していると認識するより当たり前だが難しい。自分はめい一杯愛情を持って接しているのにどうして、、と思ったことが、まだ青々と若い自分には多多あった。「気持ち」と言うのは目に見えないから、いくら相手が「めい一杯」の気持ちをこちらに送ってくれていても、それが何かの形をなって表れない限り気付けないことが多いのだ。

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だからなのだろう。贈り物はもらうのも嬉しいし、誰かを思って選ぶのも嬉しい。これで自分の気持ちが「形になって」届くと思うとワクワクする。そして、逆に家族や友人から海を越えて届いたものは、自分のために選んでくれ、そして手間をかけて届けてくれたと思うと嬉しくなる。届いた物も自体が嬉しいのはもちろんだが、でも、本当のところ「その物」が無くても「その物に乗って来た気持ち」を思うだけで胸の中にほんわかと陽が照るのだ。そして胸からその温かい気持ちがじんわりと溢れ、体に、顔に現れる。笑顔になる。

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日本に帰国しようか迷っていた。哲が背中を押してくれ、そして両親は快く両手を広げてくれた。16日間という長い滞在中、みんながどれだけのことをしてくれたのかは痛いくらいに分かっている。両親がしてくれた一つ一つの心使い、哲が笑顔でお留守番をしてくれたこと、目に見える「物」や「言葉」になっていなくてもそれは十分に伝わって来ていた。
しかし、実際に言葉を見た時、痛いくらいに持っていた感謝の気持ちはさらに痛みを増し現れ、その気持ちと一緒に涙が出て来た。

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哲宏さん、長い間幸子を日本に帰国させて頂きまして有難う御座いました。
哲宏さんはお仕事とハルちゃんとクルミちゃんのお世話で大変でした事と思います。
幸子を成田までお見送りに行けず、パパと私で新宿駅の成田エクスプレスのホームまで一緒に行きました。
私達は歳の為でしょうか。さっちゃんには何もしてあげれませんでしたが、私達は幸子の細いながらも元気な姿に安心いたしました。
私達はこれから歳と共にいろいろな事がありご心配やご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんがどうぞ宜しくお願い致します。
どうぞ哲宏さんお体にはくれぐれも気をつけて疲れないようにしてください。
ブログの哲宏さんが少しスマートになって幸子がいない為に食事面でご迷惑をおかけしてしまいました事すみませんでした。
成田空港の幸子からお電話をもらいました。
本当に有難う御座いました。
無事ワシントンに到着する事を祈っています。


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お母さん、哲宏です。
こちらこそ、幸子が長い間お世話になりました。私の方は幸子の作り置きのおかげで何とか大丈夫でした。
少し痩せたかもしれませんが、それは食事では無く、毎朝仕事の前に長めの散歩をしたせいだと思います。だから良い痩せ方です。
幸子のフライトは定刻通り出発したようです。今日は仕事を早めに切り上げて迎えに行きます。
また無事に着いたらご連絡しますね。
それではありがとうございました。お父さんにもよろしくお伝えください。
哲宏



ママが私のことを「幸子」と呼んでいた。呼び慣れていないからなのだろう。文章の中で「幸子」と「さっちゃん」とママ自身も交えて使っているが、ママが私を「幸子」を呼んでいるのを文面だとしても私は初めて聞いた。普段は「さっちゃん」と呼ばれるのが好きなのに、この時「幸子」と呼ばれたことに「ママに守られている」という気持ちを強く感じ、ママの子供なんだと改めて思えた。ママの温もりを感じた。

帰国は何年かごとにしている。十数年前に帰国した時は、ちょうど劇的に痩せていた時で、その帰国の折りはパパとママにどんなに心配をかけたことだろう。パパが病院にまで付き添ってくれたりもした。あの時は日本に数か月いたのに、友人にも会う勇気と元気も無く、数か月の滞在で会った友人はほんの2人だった。そして、ほとんどの時間を一階の畳の部屋に敷きっぱなしにしていた布団の上で寝ていたのだ。冬だった。痩せていたこともあり、寒くて寒くてしょうがなく、そんな私にママは足湯を作ってくれた。だからママが今回のメールで「幸子の細いながらも元気な姿に安心いたしました。」と言っていたことが本当に嬉しかったのだ。自分の健康には自信を持ちつつあったものの、ママに太鼓判を押してもらい、あぁ、やっと元気になれたんだと思えたのだ。

大切な家族が知らない所で「私」についてやり取りしている様子を読み、愛されていることを言葉でさらに知ることが出来私はなんて幸せなんだろう、、と思った。今回の帰国は哲、そして両親の助けがあったからこそなし得たのは分かっているが、言葉で家族の支えを目の当たりに見、感謝し尽せない気持ちとなったのだ。

日本に帰国する前は、哲が1人で生活することはもちろん、自分が1人で日本に渡り、帰国前に組んだ予定をこなせるか不安だった。今回は1年半ぶりと比較的短いブランクだったために、「絶対に必要なタイミング」の帰国では正直なかった。でも、今までした帰国の中で今回の帰国は大切な帰国になり、「絶対に必要なタイミング」の帰国だったのだと思えた。気持ちの上で今までの自分、これからの自分、家族、大切なものをはっきりと感じることが出来、これからどうしていったら良いか分かったような帰国だったのだ。

パパ、ママ、ありがとう。
哲、ありがとう。

みんなに守られている。幸せだ。

幸子を帰国させて頂きましてありがとうございました。

そう私は「さっちゃん」である前に「幸子」。
幸せな子。就職活動の面接で名前の由来を聞かれた時に「これからは人を幸せにする子になりたいです」と言ったが、やはり私は「人からたくさんの愛をもらい幸せにしてもらっている」子なんだと思った。

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成長。

彼是45年生きている。
まだ成長するのだろう。いや、しなくてはならないのだろう。

成長期はとうに過ぎた。身長が同じくらいになった大学生の姪っ子に「あ、かな、もう背は止まったんだね。」と渋谷の街を横に並んで歩いていた時に言った。「うん、もう止まったよ!」
小学生6年生から中学生にかけて、佳奈同様に私はぐんぐんと背が伸び、成長し過ぎる自分が本当に嫌だった。その肉体的な成長は高校生、大学生の時でさすがに止まってくれた。あれから身長は伸びていない。成長していない。

身体的にでは無く、人は成長し続けなくてはならないと思う。人が「人として」成長するには様々なことがきっかけとなる。思春期もそうだろう。今まで気にしていなかったことを急に体で感じ始め、心で思い、葛藤する。その葛藤が思春期というものなのだろうが、私はその時期にそんなに悩んだ覚えも無く、心はそのままに身体だけ大きくなった。二十歳を過ぎ社会人になるのも、人が成長するのに大事なことなのだろう。しかし、ここでも私は環境に恵まれ、揉まれることなく過ごし成長を逃してしまった。そして結婚。もちろん、他人と始まる新生活の中ではいろいろな問題が起こるもので、例外にもれずこんな私達にもいろいろ、、とまでは行かなくとも、それなりのことはあり、乗り越えて来た。成長したのかは分からないが、何かを学んだのは確かだろう。

こうして身体だけは一丁前に心は成長せずして大人になってしまった私は、その後、多くの人が持つきっかけを持つことが出来なかった。子供がいないことに劣等感を感じている訳ではないが、やはり自分は「母親」では無いことで「女性として」学ぶべきものを学んでいないような気がするのだ。「子育て」を経験していない私は「人として」成長し切れていないような気がしてしまう。子供を育てるのがどんなに大変なことなのかは想像しか出来ず、子供を持ってこそ感じる喜び、悲しみ、切なさ、怒りは感じることが出来ない。そう言えば、数年前の帰国の時にこんなコマーシャルを観た。(調べたら数年前と思っていたのは10年以上前だった)

「人生で一番嬉しかった時のことを思いだして演技してください」とスマップの中居くんが聞かれるのだ。
そして中居くんは、「よっしゃーー!」と両手をあげ踊るような素振りを見せる。
これを見た時、こんな風に喜んだことあるかなぁ、、と一緒に観ていたママに言い、そしてママに聞いたのだ。
「ママ、人生で一番嬉しかった瞬間っていつ?」
「そうねぇ~」と考えたママは「入試の結果を見に行って、番号を見つけた時かしら?」
やはり子供にまつわることだ。

思春期でも悩まず、社会に出ても揉まれずして大人になってしまった私は、遅過ぎる思春期とばかりに35あたりで急に悩むようになり苦しい思いもしたが、それでも人より成長出来ていない気がする。人間は死ぬまで勉強、成長するものだとは良く言うけれど、今のこの状態から次なる「成長過程」は一体いつなのだろう。まだ成長出来るのだろうか。

子供を育てるのが親の仕事だ。もうとっくに親から巣立ったはずの45になろうとしている私は、未だママやパパに育てられ、そしていろいろなことを学んでいる。もしかしたら離れているが故に、子供の時以上に、今、心配をかけているのかもしれない。人は生まれた以上「親ー子」という関係を必ず持つもので、それが「親ー子ー孫」とつながっていくのだろうが、私の下には続きは無いから私が唯一持っている縦の血縁関係は「両親―私」。もしその「両親」がいなくなってしまったら、、、。私は一人ぽっちになってしまう。

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今回の帰国で1年半ぶりに会ったパパとママが、1年半前よりも歳を取っていることは否定しようがない事実だ。コミュニケーションツールがメールや電話だけだと、自分が年を取っているのと同じスピードでパパとママも歳を取っていることを忘れてしまい、遠くにいながらも小さな時と同じように甘えてしまう。今回の帰国で目の前に二人を見、そしてやっと気付けた
パパもママももう歳を取った。もう子供のことは心配しないでゆっくりさせてあげたい。

自分は「親」ではないからこれまた想像なのだが、親は死ぬまで親なのだろう。「私はいまだ両親に甘えてばかり」と言うと「親と言うのは甘えられるのが嬉しいのよ」とよく人に言われるが、本当にそうなのだろうか。でも、もう甘えてばかりいては駄目だ、と思った。やっと思った。

親は最後まで子供に何かを教え続けるものなのだろう。生まれてからずっと側にいて、何かというと助けてくれる親がいなくなった時、その時また人間はぐんと成長出来るのかもしれない。そう、最後の最後に背中をぐーーーっと押してくれるのが親なのだろう。さぁ、1人で頑張りなさいと。

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パパは歩くスピードが速い人だった。そのパパの歩くスピードが遅くなった。
ママは思ったことをすぐにしないと気がすまない人だった。でも体が無理な時は無理をしないでいてくれるようになった。

まだ子供のままの私は、二人を見て、成長しなくてはと焦りを感じる。体だけ大きくなったのに、まだ心の中は小学生みたいな甘えん坊の自分。
しっかりと頑張らなくては。

親孝行とは何だろう。
きっと何かをプレゼントしたり、何かをしてあげることでは無くて、しっかり生きていますと安心させてあげることなのかもしれない。

パパは以前言っていた。
親に心配をかけるのが一番の親不孝だと。

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親孝行は出来ないかもしれないけれど、親不孝なことはしないようにしたい。
安心して。
私、しっかり頑張るから。


もうすぐ45になる。
甘えん坊のさっちゃんがこの一年で少しでも成長出来ますように。
しますように。
します!

何て言って、今度帰国する時にはまた、パパとママに甘えてしまう45過ぎのさっちゃんなのだろう。


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指先が見えなくなるまで。

「この人と共に生きて行こう」と決意する理由は人それぞれなのだろう。私の場合はただ一つ。それは多くの人がそうであるように、「この人」と一緒にいたいから。明後日、「この人」に向かって手を振る日が来る。帰国の日が近づいて来た。

大学生の時、毎日のようにテニスコートで会っていた先輩と、その後ご飯を食べたりし、そして別れる。ご飯を食べ、そして先輩のお腹をぎゅっと抱き自転車の後ろにしがみつくように乗り、国立駅まで見送ってもらう。先輩に時間のある時は、先輩は入場券を買って一緒に入り、そして東中野駅まで見送ってくれた。東中野の古い細いホームの階段のところで、今度は三鷹行きの電車を一緒に待つ。電車が来た。先輩が電車に乗り、ドアが閉まり、先輩が見えなくなる最後の最後まで手を振った。一人ぽっちになり、階段を登る。
帰りが遅くなった時は、少しでも早くに家に到着しなくてはと、東中野のホームに先輩を残し、改札を出て、駅構外からホームが見える所に立つ。手を振る。大久保からやって来た電車がすごい勢いで二人を分け、そして停車する。先輩は電車に乗り、窓から手を振る。お互いに口をパクパクして話し、最後に「バイバイ、、」と口を動かし先輩は消えて行く。一人ぽっちになりとぼとぼ歩く。
先輩に時間の無い時は、私だけ改札から国立駅のホームに入り、そして駅の外で先輩を見下ろせる場所へ移動する。あ、いたいた。
手を振る。電車に乗った私は、ドアの部分に陣取り、そして集中力を高める。一瞬だけ、駅の壁が途切れて先輩が見える場所があるのだ。そこへ先輩は移動しているはず。ほんの一瞬。そして、その一瞬が来た時に何度も手を振る。そして私は空いている席を探し、電車に揺られて1人帰る。

結婚して、あぁ、もうあのバイバイをしなくていいんだ。と思った。そして、どこへ行っても一緒の場所へ帰り、いつでもそこにいれば会える場所を持つことは本当に幸せなことだと実感した。哲、お帰り。哲、ただいま。幸子、お帰り。幸子、ただいま。

結婚後、何度も哲は海外出張があり、長い場合は3週間も家に帰ってこないこともあった。でもなぜか、その時は今のようなこんな寂しさを感じなかった。不安も無かった。

結婚してもうすぐ20年になる。空気のような存在になっている人との別れは、新婚時代よりも辛いものなのだろうか。結婚して20年経ち、私達はお互いに依存するようになっているからなのかもしれない。
自分がいなくてこの人は大丈夫だろうか。
別れる辛さもあるが、哲のお世話をしてあげられない辛さが今はある。

私なりに家族3人を面倒みているんだ、と思った。自分がいない間、誰がこの3人を面倒みてくれるのだろう。
大人なんだから、自分がいなくても大丈夫だと言うことは十分分かっているのに、ずっと一緒にいて、何かをしていてあげたい気持ちがこみあげて来る。

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明後日、ここを少しだけ離れる。ぎりぎりまでそのことを考えないようにしていたが、そろそろ考えなくてはならなくなった。
雷が来た時に誰がこの子と一緒にいるんだろう。仕事から疲れて帰って来た哲はどうやってご飯を用意するんだろう。

ねぇ、もしクルミが帰国の間に逃げていなくなったらどうする?昨日、哲に聞かれた。
もちろん戻って来るに決まっているじゃない!
何が出来るわけでもないかもしれないけれど、戻って来る!絶対に!


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そう、何が出来るわけでもないけれど、自分がいないと駄目だと思える家族を持っているんだ。

結婚の理由はバイバイしたくないからだけでは無く、自分がいないとと駄目だと思える相手を持ち、自分が強くなれることなのかもしれない。

行って来ます。
すぐに帰って来るからね。


きっと明後日、先輩は税関に入る入口で、私が小さくなるまで大きく手を振って見送ってくれるんだろう。指先が見えなくなるまで。

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