ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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栄養以上。


いってらっしゃぁ~い。
今日もよろしくお願いします。

今日はなに?
あ、お弁当。(サンドウィッチやパスタサラダでは無いという意味)
ありがとう。
うん、でも詰めただけなの。
詰めただけじゃない!
はーい。

そして哲を見送る。

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国が持っている文化はその国独自のもので、郷に入れば郷に従え、アメリカに入れば日本の文化を周囲の人に押しつけるのは無理があるのだろう。しかし、国際化により他国の文化の理解も深まり、嬉しい波及が起こっている。誰かが家を訪れて来る時、10年前は「靴を脱いでください」と言えない空気が漂っていたが、最近では自ら靴を脱いでくれたり、工事の人は靴カバーを持参してくれたりするようになった。世界の文化がアメリカでどのくらい浸透しているのかはその国の文化を知らないから分からない。でも、はっきりと言えるのは「食」に関する文化は行き来しやすいためか、ハンバーガーの国アメリカにもかなり及んでいると言える。実際に典型的なアメリカンレストランの数よりもその他の国の料理を出すレストランを合わせた方が数が多いだろう。メキシカン、南米料理に始まって、イタリアン、フレンチ、もちろん和食、中華、韓国料理、ベトナム、タイ。ウイグルレストランまでもある。

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(写真はウイグル料理)
ひいき目だからなのかもしれないが、いろいろな食文化の中でここ1~2年の日本食に対する注目度はかなりのものだと思う。今まで日本食と言えば「SUSHI」「TEMPURA」だけだったのが、数年前から「RAMEN」が脚光を浴び、そして食材にしてもDASHIやYUZU、NATTOまでもが取り上げられるようになった。それと共にBENTOというのは今までレストランで出す松花堂弁当のような容器に入った詰め合わせを指していたが、本来の「BENTO」を意味するようになって来ている。雑誌やインターネット配信のニュースでは、子供にこんなBENTO BOXを持たせてあげましょう!という特集を良く見かけるようになってきた。

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私は料理が好きだ。人種のるつぼであるアメリカに住んでいるお蔭でいろいろな食材、そして各国の料理に触れることが出来、それらを見る度にワクワクしては自分で作ってみたくなる。もちろんそんな実験を伴うような「料理」も大好きなのだが、自分らしさを出して私が心から料理を楽しんでいるのは、お弁当を用意している時だろう。あの小さな箱に気持ちを詰める楽しさ、相手が食べるのを見ることが出来ないから余計にワクワクするのかもしれない。お弁当を作る時は、相手のことを思いながら、栄養を考えながら、彩を考えながら、食べやすさを考えながら作る。家の食卓で出す場合とは異なり、温かいものと冷たいものを一緒にいれることが出来ない。だから日々の夜ご飯よりも難しいと思っている。日々の食卓に出す料理よりもよっぽど「気」を使うのだ。だからこそ、お弁当は特別で、そんなお弁当文化を海外の人にもっと知ってもらいたい。BENTO BOXを推奨し、子供達にお弁当を用意してあげようという流れは嬉しい流れだ。でも、それらのどの記事どの「BENTO」を見ても、「日本のお弁当」とは明らかに違い「お弁当の真義」を分かってもらえていないこと、いや分かり得ないのだろうと残念に思ってしまう。

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良い悪い、どちらが優れている劣っているというのではない。日本人は何を入れたらバランスが良いかということを、脳みそをフル回転させなくても分かることが出来る人種なのだと思う。それは「感覚」であって「数値」では無い。15年以上前にアメリカに来て驚いたのは、グローサリーストアで買い物をする人たちの多くが裏のラベルを眺めていることだった。今まで日本でそんな人を見たことが無かったし、もちろん自分もしたことが無かった。ある意味、とても健康意識の高いアメリカで、数値に則って「食」を考えるのが好きな人たちなのだ。

炭水化物 〇%
タンパク質 〇%
ビタミン
塩分
脂質

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とても分かる。とても分かるのだが、数字に則って「詰めた」ものを「BENTO」と呼べるだろうか。もちろんこれを用意する母親は子供の栄養を考えて選んでいるから「詰めただけ」では無いのかもしれないが、でも違う。これでは「気持ち」が入らない。私がお弁当を作る時にもっとも楽しみにしている「気持ち」が。おにぎりを握る時に入れる気持ちが。お弁当は栄養以上のものなのだ。

和食が広まっているアメリカだが、「お弁当」の真髄は理解されないのだろう。言葉では伝えることが出来ないもの。だからこそ、それが「文化」なのかもしれない。その国のその国民にしか感じることの出来ないニュアンス。

いってらっしゃぁ~い。
今日も忙しいんだよね。頑張ってね。

うん。今日は何?
あ、おべんとう。あ、でも詰めただけ。
詰めただけじゃない!

そうだね。

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詰めただけでも気持ちも一緒に詰めたおべんとう。
いってらっしゃい。
今日もよろしくお願いします。


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