ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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成長。

彼是45年生きている。
まだ成長するのだろう。いや、しなくてはならないのだろう。

成長期はとうに過ぎた。身長が同じくらいになった大学生の姪っ子に「あ、かな、もう背は止まったんだね。」と渋谷の街を横に並んで歩いていた時に言った。「うん、もう止まったよ!」
小学生6年生から中学生にかけて、佳奈同様に私はぐんぐんと背が伸び、成長し過ぎる自分が本当に嫌だった。その肉体的な成長は高校生、大学生の時でさすがに止まってくれた。あれから身長は伸びていない。成長していない。

身体的にでは無く、人は成長し続けなくてはならないと思う。人が「人として」成長するには様々なことがきっかけとなる。思春期もそうだろう。今まで気にしていなかったことを急に体で感じ始め、心で思い、葛藤する。その葛藤が思春期というものなのだろうが、私はその時期にそんなに悩んだ覚えも無く、心はそのままに身体だけ大きくなった。二十歳を過ぎ社会人になるのも、人が成長するのに大事なことなのだろう。しかし、ここでも私は環境に恵まれ、揉まれることなく過ごし成長を逃してしまった。そして結婚。もちろん、他人と始まる新生活の中ではいろいろな問題が起こるもので、例外にもれずこんな私達にもいろいろ、、とまでは行かなくとも、それなりのことはあり、乗り越えて来た。成長したのかは分からないが、何かを学んだのは確かだろう。

こうして身体だけは一丁前に心は成長せずして大人になってしまった私は、その後、多くの人が持つきっかけを持つことが出来なかった。子供がいないことに劣等感を感じている訳ではないが、やはり自分は「母親」では無いことで「女性として」学ぶべきものを学んでいないような気がするのだ。「子育て」を経験していない私は「人として」成長し切れていないような気がしてしまう。子供を育てるのがどんなに大変なことなのかは想像しか出来ず、子供を持ってこそ感じる喜び、悲しみ、切なさ、怒りは感じることが出来ない。そう言えば、数年前の帰国の時にこんなコマーシャルを観た。(調べたら数年前と思っていたのは10年以上前だった)

「人生で一番嬉しかった時のことを思いだして演技してください」とスマップの中居くんが聞かれるのだ。
そして中居くんは、「よっしゃーー!」と両手をあげ踊るような素振りを見せる。
これを見た時、こんな風に喜んだことあるかなぁ、、と一緒に観ていたママに言い、そしてママに聞いたのだ。
「ママ、人生で一番嬉しかった瞬間っていつ?」
「そうねぇ~」と考えたママは「入試の結果を見に行って、番号を見つけた時かしら?」
やはり子供にまつわることだ。

思春期でも悩まず、社会に出ても揉まれずして大人になってしまった私は、遅過ぎる思春期とばかりに35あたりで急に悩むようになり苦しい思いもしたが、それでも人より成長出来ていない気がする。人間は死ぬまで勉強、成長するものだとは良く言うけれど、今のこの状態から次なる「成長過程」は一体いつなのだろう。まだ成長出来るのだろうか。

子供を育てるのが親の仕事だ。もうとっくに親から巣立ったはずの45になろうとしている私は、未だママやパパに育てられ、そしていろいろなことを学んでいる。もしかしたら離れているが故に、子供の時以上に、今、心配をかけているのかもしれない。人は生まれた以上「親ー子」という関係を必ず持つもので、それが「親ー子ー孫」とつながっていくのだろうが、私の下には続きは無いから私が唯一持っている縦の血縁関係は「両親―私」。もしその「両親」がいなくなってしまったら、、、。私は一人ぽっちになってしまう。

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今回の帰国で1年半ぶりに会ったパパとママが、1年半前よりも歳を取っていることは否定しようがない事実だ。コミュニケーションツールがメールや電話だけだと、自分が年を取っているのと同じスピードでパパとママも歳を取っていることを忘れてしまい、遠くにいながらも小さな時と同じように甘えてしまう。今回の帰国で目の前に二人を見、そしてやっと気付けた
パパもママももう歳を取った。もう子供のことは心配しないでゆっくりさせてあげたい。

自分は「親」ではないからこれまた想像なのだが、親は死ぬまで親なのだろう。「私はいまだ両親に甘えてばかり」と言うと「親と言うのは甘えられるのが嬉しいのよ」とよく人に言われるが、本当にそうなのだろうか。でも、もう甘えてばかりいては駄目だ、と思った。やっと思った。

親は最後まで子供に何かを教え続けるものなのだろう。生まれてからずっと側にいて、何かというと助けてくれる親がいなくなった時、その時また人間はぐんと成長出来るのかもしれない。そう、最後の最後に背中をぐーーーっと押してくれるのが親なのだろう。さぁ、1人で頑張りなさいと。

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パパは歩くスピードが速い人だった。そのパパの歩くスピードが遅くなった。
ママは思ったことをすぐにしないと気がすまない人だった。でも体が無理な時は無理をしないでいてくれるようになった。

まだ子供のままの私は、二人を見て、成長しなくてはと焦りを感じる。体だけ大きくなったのに、まだ心の中は小学生みたいな甘えん坊の自分。
しっかりと頑張らなくては。

親孝行とは何だろう。
きっと何かをプレゼントしたり、何かをしてあげることでは無くて、しっかり生きていますと安心させてあげることなのかもしれない。

パパは以前言っていた。
親に心配をかけるのが一番の親不孝だと。

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親孝行は出来ないかもしれないけれど、親不孝なことはしないようにしたい。
安心して。
私、しっかり頑張るから。


もうすぐ45になる。
甘えん坊のさっちゃんがこの一年で少しでも成長出来ますように。
しますように。
します!

何て言って、今度帰国する時にはまた、パパとママに甘えてしまう45過ぎのさっちゃんなのだろう。


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