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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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居場所。

1999年、アメリカに赴任になると聞き、「え!!!アフリカじゃなくてアメリカなの??!」とがっかりし、その年の5月18日に飛行機に乗りアメリカの首都ワシントンDCに初上陸した時のことは今でも思い出せる。なぜか哲も私も「アメリカ」に全く魅力を感じず、途上国の冒険的であろう生活に憧れを持っていたから、まさかその自分達がこんなにアメリカを好きになるなんて思ってもいなかった。
赴任期間は2年4か月と短かったが、上陸したその日からアメリカを好きになり、2年もあればすっかり「アメリカかぶれ」し、母国に帰らず、アメリカに移住する計画を立てた若い私達だった。

「国」の中にいると見えないものも、良いところはもちろん、悪いところにも外に出ると気付けるようになる。アメリカかぶれしていた当初は、もちろんアメリカのいい加減な部分に憤慨することはあっても、アメリカの良さばかりが目について仕方なかった。その後は、ある時期は「母国贔屓に」ある時期は「アメリカ贔屓に」と何年か単位で気持ちが揺れる。そんな緩やかな気持ちのカーブの中でも、基本的にはアメリカの生活に大満足しており、もはやこの体と心は日本の生活に馴染めないだろう、、と確信していた。かと言って、生まれてから30年近く住んだ母国だから、一時帰国するともちろん数日で「日本ではこうする」という所作や考えが体に浸透するが、でもふと「あの生活」が恋しくなるのだ。
広い空、ゆったりとした空間、何も気にしなくても良い雰囲気、哲とハルとクルミと歩く道。

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帰国した時都会の真ん中で迷子になったように感じた私は(←クリック)、外見は日本人であっても、中身はもう「日本人」では無いのかもしれない、、と感じた。私はこの場所に、ヴァージニアに属しているのだ。ここが居心地が良い。そうなんだ。

日本を離れて16年が経とうとしている。心はいつでも家族のいる日本とつながり、例え自分が変化しているとしても、自分が日本人であることは一度たりとも忘れたことはない。でも、変化している私は、日本の文化についていけない時がもちろんあり、今まで当たり前と思っていた慣習や日本人らしさすらも疑問に思うようになって来ている。やっぱり私はここ、ヴァージニアの人間なんだ。

でも、本当にそうなのだろうか。本当はどこに属しているのだろうか。本当にここ、アメリカに根付いているのだろうか。

そんな風に疑い始めると、自分が太平洋の真ん中で宙ぶらりんになっているような気分になる。ゆらり ゆらり 揺れている。

そんな時、つい先日、アメリカから日本へ赴任したHさんから写真付きのメールが送られて来た。
彼女は関西で生まれ育ち、大人になってから渡米し在住していた。
だから関西とアメリカのことは知っていても「東京」のことは知らず、東京生活が始まることをとても不安がっていた。
新生活が始まり、元気そうな彼女からのメールを見て安心した。そしてそのメールは、太平洋の上に宙ぶらりんになってぶら下がっていた私の心に、錨をおろしたのだ。

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(子供と)二人で公共機関を使って(東京)観光してるよ。
そして週末に、銀座でここを発見!
ここがさちこさんの働いていた所???
○○くんが「ここの花が綺麗だから写真撮って。」と言われて、
ふと見ると、聞いたことのある名前が!
さちこさんって、本当に東京の人なんだね。
アーリントンで歩いているのより、銀座を歩いている姿の方が想像しやすいよ。
身体に馴染んじゃっているのかな。


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○○くんが私の働いていたこの場所を選んでくれたことも嬉しかったが、それだけでは無い。
この写真を見た時、言葉では表現できない気持ちを持った。大人になってから働いた場所なのに、幼少期の古い家を見たような、胸がキュンとし、懐かしみ、笑い、そして恋しく泣いていた。

毎日ここに通い、このショーウィンドウの前を歩き、横目で眺め地下鉄に乗った。ここは私の大切な大好きな場所、居場所だった。思うと、人生で初めて「いたい所」を自分で選んだ場所かもしれない。小学校、中学校はママが選んでくれ、高校は受かったから行き、大学も実は腑に落ちないまま進学した。私の通っていた大学からWAKOに就職する人は少なく「和光ってなに?」と聞かれることも多かったが、就職活動前から「ここ」で働くことを夢描き、自分で選んだ場所なのだ。自分達で選んだ居場所であるアメリカに来たことを後悔したことは一度たりとも無いが、でも一つだけ惜しかったと思ってしまうのがこの会社を辞めたことだった。

自分はすっかりアーリントンに馴染み、ハルとクルミを手に帽子をかぶって歩いているのが「自分」だと思っていたのに、アーリントンでしか私のことを見ていないHさんが「銀座を歩いている姿の方が想像しやすい」というのは、それほどまでに私がこの場所を好きだから、捨て切れていなかったからなのかもしれない。

まだここに根付けていない。ここにいることを心から楽しみ生活しているが、根付けていない。

私は今、ここアーリントンにいる。ここが私の場所。哲とハルとクルミと歩く場所。ここをもっと知り、もっと自分を根付かせたい。

太平洋に宙ぶらりんになってぶら下がっていた私に錨を降ろし、WAKOという文字の方へぐいっと引っ張られた心だったが、また方向転換し、東へ東へと向かわせる。15年近く住んでいる場所なのに、まだそこに錨を降ろせていないことに気付き自分にがっかりしたが、舵を取り直して前へ進まなくては!

さぁ、ハル!お散歩に行くよ!
クルミちゃん~!行きますよ~!


近所の人が遠くから手を振ってくれた。
私はここにいる。

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