FC2ブログ

ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花まつり。

私は記憶力が良い方だと思う。視覚による記憶は特に残り、その時の状況や場所の様子がパッと目の間に現れて来る。ハネムーンの時に泊まったホテルのタイルなんかも。そしてそんな思い出は感情が伴うことでさらに深く心のどこかに残るから、それらの物を見た時には、きっとなんらかの強い「気持ち」が伴っていたのだろう。

毎年ママは、神田川の桜の写真を送って来てくれる。神田川は私にとって実家のすぐ側にある馴染みのある川なのに、私はその川と桜がワンセットになった姿を思い出せない。神田川を思い出そうとすると、小さい頃に良く台風で氾濫し、家のある坂の下の商店街が水浸しになったこと。そして川の方にパパと見に行った時、川添公園付近で胸まで漬かっている人がいたことだけ覚えている。そして、川添公園と書いて、今初めて、川の側にあるから川添公園だったんだ、、と気づいた。子供の私にとってはカワゾエ公園だったから。

私にとってはそんな神田川なのだが、今年もママが神田川と桜の写真を送って来てくれた。

さくら (375x500)

きれい。
小さい頃にこの景色を本当は観たことがあるのだろうか。観ていたとしたら、こんなに綺麗なのにどうして覚えていないのだろう。

そしてこんな綺麗な写真と共に送られて来たメッセージには次のようなことが書いてあった。

ちなみに本日は4月8日花祭りでお釈迦様のお誕生日ですが、さっちゃんは幼稚園の時に宝仙寺で花祭りの甘茶を飲んだ事を覚えていますか?
では失礼します。


何?花祭り?
お釈迦様の誕生日だと言うことももちろん知らなかった40過ぎの私は、40年前に体験したという花祭りの甘茶を覚えていない。
第一、花祭りなんていう言葉を初めて聞いた。
甘茶?何それ?
何だか楽しそうな言葉たち。

そして私は「甘茶って何ですか?」とママにメールした。

130403_02.jpg
(画像は幼稚園のサイトからお借りしています)
花祭りは宝仙幼稚園が仏教の幼稚園でしたから結構隣の宝仙寺に行ったのです。お釈迦様がお花に囲まれて、銅かスズの入れ物におさめられているお釈迦様に甘茶をかけます。
甘茶はアジサイ科のお花で小さいけれどお茶花につかいます。その木の葉っぱと根を煎じてつくります。
お釈迦様が誕生の時に甘露の雨を降らして産湯にしたと言う故事にならったものらしいです。
私は大円寺の花祭りには何回か伺いました。
さっちゃんは幼稚園生では覚えていないと思います。
ではお元気で。


c0192202_2039569.jpg
(画像はお借りしています)
甘茶というのは元来は植物の名前なのね。そしてそれを煎じたものをお釈迦さまにかけるのね。
私は「宝仙学園幼稚園」に行っていたが、そう言えば、どこの幼稚園ですか?と聞かれると「ほうせんがくえんかんのんようちえん です!」と答えていたっけ。その言葉は呪文的で「観音幼稚園」だと思っていなかった。カワゾエ公園と同じように。

さて、悔しくも甘茶を覚えていない私だが、一番幼い時の思い出は一体なんだろう。私の友達に、生まれた瞬間を覚えていると言っていた子がいた。生まれてこの世界に飛び出して来た時の光を覚えているというのだ。
もちろん、私はそんなことは覚えておらず幼稚園の時の思い出が一番最初なのだと思う。幼稚園時代の思い出はいくつかある。

20160523050222f89_201605252015022db.jpg

幼稚園で冬に外で遊んだ後、青い缶のニベアを先生が出して蓋をあけ、一人ひとり、指に付けて手に擦り込み嬉しかったこと。
幼稚園の自由時間で、教室の遊び道具の入っている籠に長いお姫様スカートがあり、それを付けて友達と階段の下でお姫様ごっこをしたこと。
付属の幼稚園だったため、おそらく小学校か中学校の文化祭だと思うが、その時、飴がつらなった首飾りを買ってもらい、嬉しかったこと。


20160523050221830_201605252015026c2.jpg

敬老の日だろうか。おばあちゃんと幼稚園に行ったこと。
体力測定で、体にいろいろはりつけられて、自転車を漕がされたこと。
先生との面接で「お父さんのお仕事は?」と聞かれ、何となく「べんごし」という言葉を知っていたのに、間違えたら恥ずかしくて言えなかったこと。
幼稚園からの帰り道、幼稚園の柵、少し高くなっている所を歩くのが好きだったこと。

この後に、

花祭りで甘茶を観音様にかけたこと

と書けたらどんなに良いか。
こんな楽しそうな出来事を、どうして覚えていないのだろう。大人の今だって、体験したいようなことを。
我ながら思い出せないのが本当に悔しい。

DSC01234 (500x375)

と、なると、もしかしたら忘れているのかもしれないが、今思っても「羨ましい」というような出来事を、幼き私はたくさん体験しているのかもしれない。今の時代は全ては録画されたり写真に撮られるが、私の幼いころはビデオはもちろん写真だってそんなに撮らなかった。
謎の幼少期だ。

私の幼少期の記憶は、いくつかの頭の中の記憶が持っている写真たちに助けられて、何とかラインとなってつながっているような記憶だ。
そして、それらの写真たちを見ていると、幼き頃の自分の笑顔が愛くるしくどんなに幸せだったんだろう、、と涙が出そうになる。

サンルームの隅っこには何冊もの分厚いアルバムたちが追いやられ埃をかぶっている。
こんなにたくさんの写真、幅を取って本当に邪魔ぁ。もう見ないし、デジカメに撮って処分しちゃおうか、、なんて考えていた私なのに、甘茶の写真が無いか探そうとし、埃のかぶったアルバムを膝に、サンルームでぺっちゃんこ座りした。そして一頁、一頁、めくりながら眺め、胸がキュンと言い涙ぐむ。心の中では笑雨、お天気雨が降っていた雨の午後だった。

あ、舘山寺に行った時の写真、見つけた!
舘山寺に行ったことを覚えていない哲に見せよう!


鶴瓶の旅番組の浜松特集で、舘山寺が写り、ここ行ったね~、と言ったら、すっかり覚えていない哲だったのだ。

New Image (500x375)

写真を見ることで思い出すかな。
それとも、こんな所に行っていたなんて、、と過去の自分を悔しく思うかな。

さて、謎の幼少期の写真をもう少し楽しもう。


応援をどうぞよろしくお願い致します!
にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

COMMENT

●NO TITLE

ぺちゃんこ座りして懐かしい写真に見入ってしまうのわかります。(^O^)/
私も年に何度かしますし、引っ越しの際もしましたが去年父が亡くなったときに写真を持っていこうとアルバムを広げてぺしゃんこ座りして涙したのを覚えています。
幼少期は謎、記憶が少ないですよね。私は2歳から記憶があります。
一人で出かけて迷子になりました。(;^ω^)
今でも覚えています。

しかし哲さんとの写真もっと拡大して見たいです!!!
本当お二人の思い出はずーっと写真にも心にも残るのでしょうね!!
そしてあの子達も。。(^O^)/

●mackmayさんへ。

mackmayさん、

こんにちは♪
お父様が他界された時、アルバムを見て涙されたのですね、、、、。
そうですよね、、いろいろな思い出がよみがえりますよね。
デジタル化している時代ですが、色あせた写真は胸に来ますよね。

mackmayさんは2歳だった時のことを覚えているなんて、すごいですね!
しかも2歳にして一人で出かけたなんて!
小さな時からチャレンジ精神旺盛だったのですね~。
お父様もお母様もさぞかし心配されたことでしょう。

二人の写真は相変わらず危ないです。二人ともむっちりぴちぴちぱっつんです。

最近の写真はワンコばかり~。
しょうがないですね♪

こちらにもコメントを頂いてどうもありがとうございましたぁ。

sachiko

COMMENT FORM

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。