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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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当たり前。

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あれ、こんな所に水仙があったっけ?満開だね!

ここに水仙が植えられていることに初めて気付いた哲が嬉しそうに言った。
そうだよ!ずっと前からあるし、先週から満開だよ!

もうすでに何度もここを通っている私は「当たり前」のことのように哲にそう言い、その水仙を横目で眺めた。
一週間前に蕾が開いたのを見た時は、うわ~、、と声をあげ、いろいろな角度から写真を撮っていたのに。

あれは1年半前に帰国した時のことだった。
朝ドラを観ながら朝食を済ませ、その流れで朝の番組を観ていた。レポーターがしたコメントに、出演者が「そうですよ!これは~なんですよ!」と言い、自分の知っていることをその後付け加え話していた。すると普段はあまり人のことを悪く言わないママが、食器を洗っていて濡れた手をエプロンで拭きながら、「物事は、そんな風に知ったかぶって言うものじゃないわよねぇ。」と言った。

小さい頃、私を注意するのは決まってパパだった。ママはいつも優しくて、我がままな私を寛大に受け入れてくれていた。今思うと、叱られたことを思い出せない。
だからママがそんな諭すようなことを言ったのが新鮮で、自分が諭されたかのようにハッとしたのだった。

そう、私はよく「知ったかぶり」する。
知っていることを誰かに見せたって仕方がないのに、おそらく自信が無いからなのか、昔からそうなのだ。
それは末っ子だったからなのかもしれない。いつも自分よりも多くのことを知っている姉に負けじと、知っていることを話し、認めてもらいたかったからなのかもしれない。

そうだよね、水仙、きれいだよね~。と言えなかった私は、また知ったかぶりをしたのだった。


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一週間毎日見て、今では当たり前のことなっている水仙の景色でも、ほんの少し前は当たり前でなかった。それを、最初から知っていたかのような口ぶりを哲にしたと同時に、たった一週間で「当たり前のもの」としてしまい、美しさには変わらないのに心を動かさなかった自分が哀しかった。

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5月中旬、今日も薔薇が咲いていた。

冬から春に移り変わり始めることは、どんな小さな蕾も芽も逃さんとばかりにキョロキョロし、そしていちいち感動していた。でも今はこんなに真っ赤に薔薇が咲きほこっていても、それは「当たり前」となり、これは一応撮った写真だった。

世の中には「当たり前のもの」なんて無く、いつでも「当たり前で無い物」を享受しているのだということを忘れやすい私にとって、四季があって本当に良かったと思う。例えそれぞれの季節の美しさを忘れたとしても、1年に4回訪れる四季の変化のお蔭で、当たり前が当たり前でないと気付かせてもらえる。そして感謝出来る。

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そして毎日に「天気」があって良かったとも思う。季節の移り変わりは数か月単位だが、天気は日々変化する。春という大きな気候の中でも、昨日は大雨、今日は曇り、明日は快晴と、日々、違う色を見せてくれる。時には一日の中でも、大きな変化がある。だからこんな私でも忘れずに青空に感謝出来るのだろう。
雨が上がった後のすかっと晴れた空を、首が痛くなるほど上を向いて眺めては、大きく息を吸い、空に吸い込まれそうな木々を見上げ、そして感謝する。あぁ、雨の後のこの青空が好き。

てつ~、空が綺麗だね~。

「青空」を知ったばかりの私は知ったかぶりをすることも無く、素直な気持ちで「美しさ」を受け入れ、その気持ちを哲と共有できる。

生きていれば日々、心が「晴れ」の日もあれば、「雨」の日もある。でも人は「晴れ」が続くと「晴れ」の嬉しさを忘れてしまう。哲のあの大病でさえも「晴れている日々」の中で思い出すことは少しずつ減り、「生きているだけで幸せ」と思っていたことをも忘れてしまう。

神さまは人が忘れやすい性分だから、変化を起こし、思い出させてくれるのかもしれない。そうだとしたら、「晴れている」ことに日々感謝しなければ、また「嵐」が来てしまうかもしれない。今日、窓の外が雨なのは、私がすでに昨日の青空を感謝することを忘れてしまったからなのかもしれないな。

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ハルちゃん、今日も薔薇が綺麗だね~。

当たり前に目の前にあるものを、当たり前を思わず感謝しよう。知ったかぶらずに感謝しよう。

あの時、ママのあの言葉を聞かなかったら、私は「知ったかぶり」が良くないことだとも気付かず、無理していつでも知ったかぶり続けようとする子のままだったかもしれない。

40になってから聞いたママのあの時の言葉、、、、いつでも思い出し、自分に言い聞かせる。

昨日も咲いていた薔薇が今日も綺麗に咲いていた。
ありがとう。

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