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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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残りの時間。

ミーハーな性格から比較的、いやかなりの芸能通だったのに、アメリカに長く住むにつれ日本の芸能事情にはすっかり疎くなってしまった。ジャニーズに関してはV6どまりで、アメリカに赴任してから人気となった宇多田ヒカルの名前も覚えられず、考えた末に何度「宇多田ヒカリ」と間違えて言い訂正されたことだろう。インターネット配信で日本のニュースを読む私が、芸能関係で分かる名前は訃報ばかりで、紅白に出場する人達の名前はほとんどが分からない状態となっている。そして日本の芸能事情に付いてく努力はもう諦め、それと共にどんどんと日本の芸能関係に無関心となっていた。誰が何をしようが、何が流行っていようがアメリカに住んでいる私には関係がない。

そんな私が、かろうじて活動を追っている人がいた。それは川島なお美だった。日本にいる時ですら全く関心を持っていなかったのに、どうしてアメリカに来て彼女に関心を持つようになったのか、それは数年前に知り合いの方から「川島なお美がパティシェと結婚して、本当に仲睦まじいのよ。その様子が面白いわよ。」と聞き、一体どんな人と結婚したのだろうと検索したからだった。検索結果、彼女のブログに当たり、そしてそれから何となく時々ブログで様子を見ていたのだった。

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ある日のことだった。
毎日の締めくくりとしてインターネット新聞を読んでいた私の目に、珍しく知っている名前があった。

川島なお美が舞台を降板。

しばらく彼女のブログを見ていなかった私は、あら、そうなの?とその記事をクリックした。
あら、病気だったの?そう言えば、最近痩せていたものね。
そして彼女のブログに訪問し、その様子を伺った。
次の日も何となく気になって彼女のブログに行くと、「エネルギーが切れました」とあり、ベッドで寝ている彼女の写真があった。
大丈夫かな。でも写真を載せるくらいだからきっと大丈夫なのよ、、、ね。
そして次の日の朝。ソファに寝ころびインターネット新聞に目を通していた哲が言った。
川島なお美、亡くなったみたいだよ。
え!!嘘でしょ!嘘でしょ!えーー!だって、昨日までブログ書いていたんだよ。ついこの間まで舞台に出ていたんだよ!嘘でしょ!

嘘では無かった。

それからの川島なお美ニュースは日本の方のほうが知っているだろう。槇原敬之と南野陽子以外に日本の芸能音痴となっていた私が何千何百といる芸能人の中から唯一選んで軌跡を追っていた芸能人であった川島なお美の訃報だったから、その衝撃は他の方が受けた衝撃よりも大きかったと思う。それにブログと言うのはその人があたかも友人か家族のように感じさせる力を持っているから、私も友人が亡くなったかのように感じ、亡くなられてからしばらくずっと彼女が心に居座った。

彼女の死によって私が感じたことはたくさんあり、彼女に対して思うこと、彼女の生き方に対して思うことは山ほどあった。いつも心に何かを感じると、誰かに話すかのようにキーボードを叩く私だが、でもあまりにも彼女は私にとっては近い存在だったからなかなか文章として叩くことが出来なかった。誰もがあの時は彼女のことを記事に書いていたから、それに乗じたくもなかったのかもしれない。

川島なお美は女優業を貫いたと言われている。本当に立派だったと思う。並大抵の精神では出来ないことだ。でも、彼女が仕事を貫き通すことが出来たのは、自分の命の期限を知っていたからなのかもしれない。
半年しか命が無いと言われたらどうしますか?

人の命は無限では無く、誰でもいつかは終わりが来るのに、それを意識しないで生活しているのが普通だ。もし、あと半年しかないと分かったら、一秒たりとも無駄にはしたくなく思いっきり「生きる」だろう。重い病気を経験した人ほど「期限」を感じ、一生懸命生き、活き活きとしているものなのかもしれない。

ここ1~2年、私は自分の最後の日のことを良く考える。そんな中、川島なお美の死はさらに私に「生きていること」について考えさせてくれた。長生きしたいとは思っていない。長く生きることが全てでは無く、短くても良いから「するべきことをし、感じべきことを感じ、学ぶべきことを学び、そして誰かに貢献すべく」生きて行きたい。

「どれだけ長く生きるかは 神様だけが知ってる
でもどんな風に生きるかは 僕らが決められる
天国に旅立つ日の前に 少しだけでも 余裕があるといいよな
茶の間から聞こえてくる 僕を呼んでる声」
 槙原敬之

そう、自分がどれだけ長く生きるのかは分からない。
天国に旅立つ日の前の「余裕」はだ。
その「余裕」な日々を余裕たっぷり怠慢に生きずに、大切に生きて行かなくては。

哲が倒れ、命を失いかけた時(←クリック)、それまでどうしてあんなに「余裕」を無駄にしていたのだろうと思った。倒れる直前に行った旅行も当たり前のように楽しみ、美味しい物を当たり前のように食べ、どうしてそれがただの「楽しいこと」と片づけていたのだろう。どうしてもっと感謝しなかったのだろう。
その旅行の時の写真を見ると、自分が情けなくなる。

もしも、後、どれくらい生きるのか神様が教えてくれていたら、人はもっと上手に生きて行けるのかもしれない。
その期限が明日でも、一か月後でも、一年後でも、そして20年、30年後でも。
今、40を過ぎ、長生きしても後40年くらいだろう。
たくさんあるような年月は実際にはたくさんでは無い。
今、こうしている間にも、残された時間はちくたくちくたくと進んで行っている。

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忘れがちなこと、でもとても大事なこと、それを改めて考えさせてくれた川島なお美の他界だった。
ちくたくと時間が進む中、彼女が最優先に選んだのは仕事。そしてちくたくと時間が進む中、私は何を選ぶだろう。
間違いなく家族との時間を選ぶ。だから、私は毎日、家族との時間に感謝し、温かみに感謝し、その家族を大事にしなくてはならない。

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自分の残された時間はどれだけ長いのか分からないが、少なくとも今の4人(うち2匹)一緒にいられる時間は、犬の寿命を考えるとあと数年だろう。
一生懸命に愛さなくちゃ。一生懸命に毎日愛さなくちゃ。一生懸命に、温もりを感じ、温もりを与えてあげなくちゃ。

川島なお美の生き方を心から尊敬し、ファンでも無いのに、なぜかいつもいつまでも彼女が心にある私だった。



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