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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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かっこいい。

ハルとクルミのリーシュを手に、敷地内を散歩していた時のことだった。車から降りて来たお兄さんは右手に分厚い本を腕に抱え、私の横を「HELLO」と言って通り過ぎ、長い足を活かして階段を颯爽と一段抜かしして角を曲がって姿を消した。

かっこいい。

お兄さん自信も格好良かったがそうではなくて、あの何気なく持った分厚い本。そう言えば中学生の時、本にベルトをして抱え持つことに憧れ、腕が疲れるというのに本を手に40分の通学時間、頑張ったことがあったなぁ。

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(画像はお借りしています)

「格好良い」ものにすぐに憧れ、そしてその真似をしたくなる。でもここ最近、昔のように「格好良い」と思うこと、そしてそれを真似ようと思うことが少なくなっていることに気付いた。これも一種の老化現象なのだろうか。今まで格好良いと思って真似たものは、思い出したらきりが無い。最後に格好良いと思って真似たのはいつだっただろうか。

中学生の時はスポーツバッグなるものが流行った。学生鞄ではなく安っぽいナイロンのスポーツバッグが格好良く見えた年頃だった。私は紺のアシックスのスポーツバッグを買ってもらい、そして靴もアシックスにした。高校生の時には「黒くなる」ことが格好良いと思い思いっきり日焼けした。そして今、しみだらけの私がここにいる。全くもって格好良くない!大学生の時には「一生懸命勉強すること」格好悪いことのように思え、それに反して私は一生懸命テニスした。後悔先に立たず、さらに日焼けしたこともそうだが、両親に申し訳ない気持で一杯だ。社会人になってからは、が流行の年、黒の似合う女性に憧れ、全く黒など似合わないのに黒尽くしの格好をした。その上、さらに「格好良くなる」ためにショートヘアにしてしまい、翌朝、職場の上司に「小学生みたいだね」と言われたことを覚えている。いや、覚えているというよりは、忘れることが出来ないでいる。松ぼっくりのような頭をし、早く髪の毛が伸びないかと祈るように銀座に通ったものだった。アメリカに赴任した当初は、老若男女、街をも短パンとビーチサンダルで歩いている様子に憧れを持ち、慌てて短パンを購入した(←クリック)。銀座に勤めていた時には着ない様な服がとてつもなく格好良いものに見えたのだ。

DSC02217 (500x375)

もちろん今でも「格好良い人」を見ると「格好良い」と思う。その代表格は一般的に言ったら「モデル」なのだろう。でも、ここ最近気になったモデルのポーズがあった。これを今の時代は「格好良い」とみなすのだろうか。私が見たページには素敵なモデルが椅子に猫背に腰かけ、しかも足をカエルのように開いていた。私が常日頃気にしているのは姿勢なのだ。猫背にならないように、、、と猫背になりがちな自分に言い聞かせているのに、今の流行は猫背なのだろうか。これならナチュラルに「格好良く」なれるが、いかがなものだろう。このモデルを格好良いと思わないのは、やはり老化現象なのだろうか。いや、でもこの姿勢が格好良いのなら老化も楽しいものとなるのかもしれない。

振り返ったら馬鹿らしいと思うことはあっても、何かに憧れ、そしてそれに向けて自分を少し変えて見るのは悪いことではないのかもしれない。がちがちに固まりまっすぐな道を行っている自分を、少し右方向へ軌道をずらし、そしてまた修正し、こうして人間は変化向上学んでいくのかもしれない。久しぶりに「格好良い」と思ったお兄さんを見て、自分も本をかかえたくなった午後、右にほんの少し逸れることすらも忘れている自分に気づいたのだった。


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