FC2ブログ

ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

STAND OUT。

「才能のある人」と自分とは一体何が違うのだろうか。同じ人間として生まれて、どうしてこうも違うのだろう。神様が「いろいろな人」を作りたくて、違う風に作っただけなのだろうか。

心から聴き入ったピアニストの真美子ちゃんは(←クリック)、普通の『可愛い女の子』だった。でもピアノを前にすると「普通」でなくなる。芸術やスポーツの世界では持って生まれた才能が大きく影響するから「頑張っても」無理というものがあるだろうが、日常生活の中にいる「普通のすごい人」と自分はもしかしたらそんなに違わないのではないだろうか。そう言うと、なんて偉そうに!と思われるだろうが、それは自分が「すごい人だ」と言っているのではなく、「すごくなるために何もしていない」から今ここにこうして「普通に」いる。だから全くすごくないという意味だ。「すごい人」と自分を隔てる壁はもしかしたら、薄いのかもしれない。でも、その薄い壁が厚いのだ。

ああなりたい!と強く思い行動を起こせば、人は「普通」から抜け出し「すごい人」になれるのではないだろうか。20代、30代の頃の自分は「ああなりたい!」と思い描く像があったが、「なりたい」よりも「すごい人」になりたかったのかもしれない。子供もいないのにキャリアも持たず、「普通」であることがいけないことのような気がしていた。だから「すごい人」になりたかった。でも、どうしたらよいのか分からなかった。

そんな時、コーチングを受け、コーチにブログを書いてみたら?と薦めてもらった。そしてブログを書き始めた。あれはもう10年前になるんだな。高校の現国の大地先生に「文才無きに等しい」と太鼓判を押された私だった(←クリック)から恐る恐る始めたブログだった。そしてそんな私のブログを哲は「面白い!いつになったら、幸子を発掘してくれるんだろう。」と「私の書き物」の中に小さな才能を見つけ、そして応援してくれていた。

DSC09509 (500x375)

見つけてもらうのを待たない

私はただ書いているだけで、自分から行動を起こしていない。いわゆる「すごい人」になりたいのであれば、自分から行動を起こさないと誰も発掘してくれないのだ。でも、有名になりたいのではない。「すごい人」になりたいのでもない。だから行動も起こしていない。私はただ書きたいのだ。

こんなことをしたらきっと誰かの目に留まり取り上げてくれるだろう、ああすればさらに良いだろう、というアイデアがあるのにそれに踏み出せない。30代の頃だったら「すごい人」になりたくて、おそらく頑張っていたのかもしれない。

TRY TO STAND OUT

特にアメリカは自分でSTAND OUT(目立つ)しようと思えば、誰かがDISCOVER(発見)してくれる社会だ。でも今は、「発掘されない」自分のあり方に満足し、見つけてもらわなくても良いと思っていた。今の生活に満足し、そこから抜け出す勇気もなかった。そう、そう思っていた時だった。

手紙に貼るアドレスのシールが無くなりかけたため、新しい物をオーダーすることにした。オーダーの作業などコンピューターでの支払いに関わるものは、我が家では全て哲の担当となっている。柄だけ選んで後はよろしくお願いしますと、コンピューターの席を交替した哲の後ろで、私はソファに腰掛けながら優雅に雑誌を読んでいた。

ねぇ、さちこ、名刺も作ってみたよ。これどう?

哲は勝手に柄を選んで私の名刺を作ろうとしていたのだ。職業も無いこの私に。

あら、なかなか可愛いデザインだね。

そしてふと名前の下に書かれているタイトルと見ると、
WRITER/BLOGGER

頑張って続けていたNYの日本人向けコミュニティ新聞の連載がひと段落した。その次も、、、というお話を頂いたが、自分の思うような文章が書けていなかったことでずっと気分が落ち込んでいたから、そのお話をつい先日断ったのだった。
でも、哲はそんな私をWRITERとして見てくれ、そして趣味のように続けているブログを書くことをBLOGGERと呼び応援してくれている。自分のことをBLOGGERだなんて呼んだことも思ったこともなく、良くBLOGGERと紹介される「すごい」人たちと自分とは違うと思っていたのだ。

えーー、WRITER?BLOGGER?笑っちゃう~!私はただのHOUSEWIFEだよ!

哲が勝手に作ってくれようとしていた名刺を見ながら、恥ずかしくも嬉しく、そして大きく応援してもらったような気分だった。
もう一度、STAND OUTすることを考えてみようかな。
見つけてもらうのではなく、見つかるように努力してみようかな。
そんなことを思った夜だった。

機会を待て。だがけっして時を待つな。(ドイツ詩人 ヴィルヘルム ミュラー)

でも、やっぱり私は「哲が発掘」してくれただけでも嬉しく、そして「書きたい」から書いて行くのかもしれない。
もしも本当に「したい」「なりたい」と思うことがあったら、必ずする。だから今はこのままで。
時は待たない。
機会を待つ。

そして自分の気持ちを尊重する。


スポンサーサイト

COMMENT

COMMENT FORM

管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。