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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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栗ごはん。

玄関先にいる哲に「お帰りなさぁ~い。」と言った二言目に「それなに?」
お弁当を入れる保冷バッグを右手に持っていた哲の左手には、白い袋がぶら下がっていた。
「あ、これね、中華丼の患者さんがくれた栗。自宅の庭のオーガニックの栗なんだって。」
(注:日本のレトルト食品、中華丼を先日下さった方という意味。)
「えーーーーー!」
そして手に取り中を覗き、
「うわぁ、こんなにたっくさん!これは明日は栗ごはんだ!」
「虫よけのために5分茹でたって言ってたよ。そのままでも食べられるし、冷凍も出来るって言ってたよ。」
「栗を剥くの大変なんだよねぇ。ママが良く『親指が痛い』って言いながら剥いていたよ。」

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もしかしたら、私は栗を剥いたことが無いかもしれない。栗ご飯は作ったことがあると思うのだが、おそらく「さっちゃん、栗剥いて置いたから、これ栗ご飯に使いなさい」なんて剥いた栗をママからもらって甘やかされていたのではないだろうか。いや、「さっちゃん、栗ごはん炊いたから持って帰りなさい。」だったかもしれない。

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と言うことで、次の日、私はまだしたことのない栗剥きを「ああ、大変なんだろうなぁ。」なんて文句のように言いながらもワクワク楽しみにその時を待っていた。そして哲が午後に出勤する前に颯爽とキッチンに立ち、早速取り掛かり始めた。

あぁ、これが栗剥きねぇ~。あら、この栗小さいから、皮を上手に剥かないと実が無くなっちゃう。しかも、これ、もうかなり茹っているじゃないの。哲の言葉は本当だったのかしら。。
なんて考えながら栗をひたすら剥くこと30分、段々コツが分かって来た。
どう?上手く行ってる?
大変だよぉ~。
なんて返したが、ママがしていたことを自分も体験していると思いながら実は楽しんでしていたのだった。私の言葉を真に受けて、
始めなきゃ良かったって後悔してる?と哲。
後悔なんて全くしてない!だって、これしなくちゃ始まらないもん。そのまま食べるなんてつまらないもん。
そして哲を見送りさらにその作業は2時間続いた。

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マッキーを聴きながら初めは楽しく取り組んでいた栗剥きはいつの間にか過酷な作業へと変わっていた。ふとボウルを見るとまだのように残っている。始めたことはやり通したいタイプ、そして休みを取るのが嫌いなのだ。子供の時は、夏休みの宿題は8月30日から初めていたが、今は嫌なことは先に済ませ、後でゆっくりしたいタイプに変わったのだ。そう、「嫌なことは先に済ます」と書いているように、いつのまにか楽しかった栗剥きが「嫌なこと」へと変わり、しかもたくさん頂いて「中華丼の患者さん」には感謝の気持ちで一杯だったのに、今となっては「どうしてこんなにたくさん、、、。」とまで恨めしくも思って来てしまった。

これは自分のポリシーを変えなくてはならない非常事態だ。休憩を入れよう。休憩30分!
休憩という名の30分の間に、他の夜ご飯の下準備や洗濯物を畳んだりして気分転換し、そしてまたいざ!と包丁を手にまな板の前に陣取る。

不思議なもので一度疲れると30分休憩したと言っても、元の「あの楽しい状態」には戻らないものなのだ。3つ目の栗を剥き始めた時にすでに「もう、疲れた、、、。」となり、この後も私は30分休憩犬の散歩シャワーを浴びるという別の行動をしつつ、やっと最後の一個の栗を剥き終えたのは、初めてから計4時間経った時だった。ママが痛くなったのと同じであろう親指の痛みを感じながら、自分の肩をポンポンと叩いて「良くやった!」と誉めてあげたい。力も心も朽ち果てこんな疲れは久しぶりだった。

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一体何が疲れる要素だったのかと言うと、それが単純作業だと言うこと。これが相手がいれば単純作業も楽しいのかもしれない。一緒に栗を剥きながら、ぺちゃくちゃおしゃべりしながら手を動かすような相手が。ママとパパがお正月前に一緒にお餅を切っていたように。栗剥きもママが横にいたら、いろいろな思い出話をしながらもう少し楽しめたのだろう。

忍耐強く一つのことを出来る自分だと思っていたが、この栗剥きはかなりハードルが高かった。今まで単純作業は大の得意としていたのだ。そう、以前働いていた会社での新人業務、お客様にハンドバッグを売る時に箱に一緒に入れる薄紙で作ったパッキンを、毎朝先輩たちが出社する前にさゆりと並んで作りせっせと用意した。あれは単純作業でも「楽しかったなぁ」と思い起こせるのは、「さゆり」という相手がいたからだろう。単純作業には友が必要なのだろう。

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4時間行っていたであろう栗剥きは早朝30分、さゆりと行ったパッキン作りとは比較にならないほど辛いものだった。でも以前、この栗剥きに似たような「終わりが見えない感覚」は体験したことがあるような気がする。あ、そうそう、パッキン作りではなくて、年に二度の棚卸!まだバーコードが導入される前は、普段は残業のない売り場だったのにその日だけは夜8時、9時まで残っていた。棚卸に入る前の準備もそれは大変で、離れた場所にあるセンターと呼ばれていた倉庫に出向き、埃だらけになりながら、脚立に登りハンドバックの箱を下ろしては中を確認し、そしてまたしまうという作業をしていた。でも、棚卸の当日には終わると最後にマイセンのとんかつ弁当があったから頑張れた。そうだ、私には最後に栗ご飯が待っているではないか!

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とにかく、無事に最後の1つの栗を剥き終えた時は疲れすぎて達成感は全く感じず、安堵感のみだった。
その日の夜の栗ご飯は美味しく炊けたが、「いかに大変だったか」を哲は聞かされ、そして「それじゃぁ、ありがたく頂かくちゃね」と哲は私に感謝し、栗を持って来て下さった患者さんは私に感謝の気持ちを持って行かれてしまったのだった。

もしかしたら栗を剥いたことが無いかもしれないと言ったが、絶対に無いだろう。あったとしたら、この辛さ、忘れる訳が無いだろうから。

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