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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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明日。

日本にいた時、「日々」は自分のペースに合わせてくれなかった。ふと立ちどまって考えたくとも、慌ただしい毎日の中でゆっくり腰かけて考えることの出来る時間は、帰りの有楽町線の中くらいだったのに、運よく腰掛けることの出来た私の膝の上には大抵、料理本が開かれていた。今晩は何にしよう。ライフで何を買って帰ろう。目先の大事なことにその貴重な時間は費やされた。

あっという間に明日がやって来て、そしてあっという間に1週間が終わる。その繰り返しであっという間に1年が経ち、哲とは平和台で3年は過ごしたと言うのに、今の3年に比べたら思い出が少な過ぎる。思い出すのは通勤や仕事のことばかり。

共働きの3年の間、「このままで良いのか、、」と思ったことがあった。1人だったらおそらく「明日」をすぐに受け入れて、その思いはずっと先延ばしとなり、いつの間にか忘れられてしまうのだろうが、この時の「思い」は哲も一緒の思いだったから、ブレーキは強く、二人の力で急ブレーキをかけて立ち止まって考えることが出来た。「お互いの仕事をやめて北海道でペンションを経営しよう」という考えは、結局調べたり考えた末に「今のままで行く」ことにしたのだが、忙しい毎日の中で立ち止まって考えたのはおそらくこの一度きりだっただろう。もしかしたら、考えていたのに忘れ去られてしまった思いがあるのだろうが、それさえも思い出せない。

あの頃の私と違い、今の私にはたくさんの時間があり、日々「忙しい!あぁ、忙しい!」と文句のように呟いているものの、本当の時間はゆっくりと流れている。自分次第で自分のペースで立ち止まることが出来るのだ。そうだよね、教習所で習ったように、ブレーキを3段階くらいでゆっくりとかけ、立ち止まって考えてみよう。

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そう思ったのは水曜日の朝。もうかれこれ4年半続けているアニマルシェルターでのヴォランティアの日の朝だった。
嵐の日も、雪の日も、日差しが照り付けて気温が40度近く上がる日も、そして多少具合が悪くとも、水曜日はシェルターにいた私だった。途中でくじけそうになったこともあったが(←クリック)、励まし励まされ、そして動物たちの温もりと彼らへの自分の情熱が私をここまで頑張らせてくれた。

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6月にクルミが家族になってから、最初はクルミに手を焼いていたために「今はクルミに専念」とシェルターを休み、そしてクルミが元気になってからはクルミののんびりペースを見、自分のペースを見直していた。今、私はヴォランティアをしたいのか。

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もちろんしたい。何らかの形でこれまで通り、犬を始めとする動物たちのために何かをして行きたい。でも、今の形が自分のライフスタイルにあっているかどうかが問題だった。

慣れて来たものの毎週水曜日の午後はぐったりと疲れ、ハルとクルミの散歩はしっかり行うが、夜ご飯は簡単なものになってしまっていた。行く度に、「あぁ、今日も頑張って行って良かった!」と犬たちの笑顔を思い出し満足するのだが、「頑張らないと」頑張れなかった

水曜日の朝、「はい」とお弁当を渡す私を見て哲が聞く。

今日行くの?
昨日まではやめようと思っていたのだけど、、、、、やっぱり行くと思う。
なんで?
、、、、、、、、。うーーーん、、
義務を感じるから。
そう言うと思った。それなら行かない方が良いよ。ボランティアなんだから、楽しく行きたいと思ったら行けばよいし、義務を感じるものじゃないよ。

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行こうと思い朝からそれに向けてどこで力を抜くかを考えていた私の心に、ストレートに哲の言葉が入って来て、その言葉に頷き、そしてすんなりと行かないことに決めた。何だか心が軽くなった。今日はあれも出来る、これも出来る。あそこで手を抜かなくても良い。

慌ただしい毎日の中で「明日」がすぐにやって来てしまうのであればおそらく今日も行っていたであろう。でも、今は違う。私にとって明日は「一週間に一度の水曜日」だけで、しかも自分でそれを延期することも出来るのだ。それならば、自分の心に気づかぬふりをして頑張ってシェルターに行くのではなく、どうして立ち止まって考えないのだろうか。自分が何をしたいのか、どう関わって行きたいのか、ゆっくりと考えてみよう。

シェルターでのボランティアは仕事をしていな私にとっては「仕事」のようなもので、肩書きでもあった。その肩書を失うのが怖いこともあったのだろうが、今はハルとクルミのお散歩を楽しみ、心を込めて夕食を準備したい。今の私は、膝の上に料理本を置いていた有楽町線の中の私ではない。

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さぁ、ハル、クルミ、お散歩に行こうか。

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時間のある私でも立ち止まって考えることは難しい。北海道でのペンション計画を立ち止まって考えることが出来たのも、そして今も、哲がいたから出来たことだった。
ありがとう。

さぁ、明日は何をしよう。
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