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ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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変化。

同じことを毎日繰り返しするのが好きな犬と違い、人は変化を求める生き物だ。変化のない生活には刺激が無く、進歩も無い。しかし、一方で人は、犬のように変化を怖がる生き物でもある。誰だって同じ環境に居心地の良さを見出すだろうし、同じ場に身を置くことに安らぎを感じる。だからいつでも必ず「そこ」にある「家」が落ち着き、安らぎを見いだせるのだろう。変化、そのバランスは難しい。

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季節の変わり目はいつも寂しくなるが、次来る季節を思うとワクワクする。どの季節も好きな私は、厳しい冬から春になる時でさえ、「あぁ、もう雪は降らないのか、、ハルは雪の中を走ることが出来ないのか、」、と思い寂しがる。しかし、モクモクと音をたてて伸びているのではないかと思うほど急成長する道路沿いの緑を、強くなって来た日差しの中で目を細めて見てはワクワクし、小さな黄色や赤の色がその緑の合間から顔を出しては心が踊る。春から夏の移り変わりは冬から春ほど劇的では無いにしても、蝉の鳴き声を聞くと、麦わら帽子をかぶりたくなる。そして夏から秋。あ、蝉の声が鈴虫の声に変わったね。そう哲に呟いた数日前。暑さでくたびれたように見えていた木々もきっとほっとし、これからゆっくりお化粧をしようと思っているに違いない。私も秋の空と赤や黄色の紅葉を散歩しながら楽しめる季節となる。なのに、、、
何か寂しい。いつもより寂しい。


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「寒い、寒い」と文句を言いながらも楽しく歩く冬のように、「暑い、暑い、暑すぎる!」と文句を言いながらも汗をかきながら散歩をするのが好きだ。ところが、アメリカに住んで15年経とうとしている私だが、今年ほど涼しく快適で過ごしやすい夏は無かった。なんて有難い話だ。もう空気はすっかり秋となり、朝は寒さを感じるほどまで冷え込んでいる。ハルとクルミを連れて歩く散歩道、通常であればこんな青空で気持ち良い空気の中だったら、浮足立って歩いているはずなのだが、心がなぜか重たく、2人に引っ張られているのは体だけでは無かった。どうしたのだろう。なんだか寂しい。いつもの年より寂しい。

夏生まれの私は夏が好きで、だから夏が去るのが寂しいのだ、、と一言で片づけようとしたが、でも毎年来る寂しさと何かが違う。そう、十分では無かった。十分に楽しめなかった。まだまだお腹一杯では無いのだ。

人は変化を求めるからこそ、四季を美しく感じるのだろうし、私も変化のある日本やここDCの季節の移り変わりが好きなのだ。いつもは「あぁ、もうお腹一杯!」となった時に丁度良く季節が変わってくれるから、潔い気持ちで去って行く季節に別れを告げて次来る季節を楽しめるのだろうが、今年はまだ私の中で夏が終わっていないのだ。

家の中でずっと変わらない壁の色を見ては、もうこの色飽きたなぁ、、。あの色に塗り替えたい、、。と変化を求め思っている日々ももぞもぞするものだが、旅行のように毎日のように壁の色が変わるのも落ち着かない。変化には程よい期間というものが大事なのだ。あぁ、なんて人間は厄介なのだろう。と、どんな季節でも、どんな壁の色でも気持ち良さそうに家でくつろぎ、嬉しそうに歩く足元の2匹の犬を見て思った。

シャワーを浴びると昨日まで無かったもの、でもずっとあったら良いな、、と思っていた簡単な鏡が取り付けられていた。いつもと違うバスルームの変化に嬉しく、いつもと同じようにシャワーを浴びているのに特別なことをしているような気分で、秋に入り少し温度をあげたお湯を浴びながら「変化」について思った夜だった。来年の夏よ、、、、
早く来い!
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