ヴァージニア日記

アメリカで過ごす中で、毎日感じたことを記します。

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ユニヴァーサル。

フェリックス!
グッドボーイ!
アーチー!
ケリー!
グッドガール!


いつにになったら英語が100%聞き取れるようになるのだろうか。ニュース英語はほぼ分かるものの、ドラマや映画となると物によっては70%くらいしか理解できないことがある。アメリカに住んでもう15年以上経つというのに、進歩していないのではないか。
いや、進歩はしている。日本から来たばかりだった頃は、CNNのニュースをも聞き取れず、ジョージタウン大学のクラスでどれだけ苦労したことか。みんながイギリス英語とアメリカ英語の違いを物まねして笑っているのを、どっちも同じに聞こえ笑えなかった。今なら英語と米語のアクセントの違いを笑うことが出来る。

でもね、哲、本当に100%分からないんだよ?そんなことがあって良いと思う?何言っているかチンプンカンプンなの。本当に全く理解出来ないんだよ!

デイケアで一緒に働いているスタッフの中には20代の子達も多い。その子たちの中に50に足をかけ始めているおばさんの私が入って話を聞いていること自体がおかしいのかもしれないが、ある日、彼らの話している会話の一つの単語も聞き取れなかっことがあったのだ。アフリカンアメリカン特有の強いアクセントのせいもあるのだろう。でもそれにしても分からなさ過ぎるのでないか。いくら楽しく仕事をしていても、そうなるとまだとてもここが「居心地の良い場所」とは言うことが出来ない。言葉のいらない犬達と接している限りは良いのだが、言葉が必要な人間と接する時にやはり緊張する。会話が全く分からない時、私は1人知らない場所に取り残された犬のような孤独感を感じるのだ。
みんな笑ってる。何がおかしいんだろう。
そして急にその中の1人が「ね、サチコ!」と言い、会話を振られる。
あ、その単語は分かる!
「サチコ」。

英語は自分から聞こうとしない限り、それはただのBGMとなり耳に入ってこない。でも誰かが遠くで話している会話でも、自分の名前が入るとそこだけは聞き取れる。そこだけは、日本語を聞いているかのように、意識しなくとも耳に入って来る。

働き始めて数日後のことだった。「ねぇ、サチコ、サチコは何かニックネーム持ってる?どうしてかっていうとね、、、、何人かサチコの名前を発音できなくて困っている子がいるのよ。」とマネージャーから聞かれた。その時「困っている」と言う表現を、彼女は「COMPLAIN 不平を言う」という単語を使っていたのを覚えている。そんなに困っているんだ。会話の中で相手の名前を呼びかけることの多いアメリカ人にとって、相手の名前をきちんと言えないことはかなり居心地が悪いのだろう。私は急にニックネームと言われても困り、悩んだ末「HANNAH ハナ」と答えた。「SACHIKO」のスペルを聞いただけでは書けないスターバックスなどのコーヒーショップで使っている私の英語名なのだ。これからはコーヒーショップだけではなく、ここでもハナと呼ばれて「自分だ」と気づく様に気を付けていなくてはならない。ところがそれから何日経っても誰からもハナとは呼ばれない。そして、誰もがサチコと呼ぶようになった。きっと「サチコ」と発音出来る人がいるのに自分だけ出来ないのは申し訳ないと思ったのだろう。影で練習してくれたのだろう。ありがとう。

チリにいてもアメリカにいてもどこにいても馴染みある日本語「サチコ」が耳に入って来るのは何とも心落ち着きほっとする。当たり前なのだろうが、これはすごいことではないだろうか。名前はUNIVERSAL LANGUAGE (世界共通の言語)なのだ。日本語のリンゴは英語ではアップル、スペイン語ではマンサナ、苺は英語ではストロベリー、スペイン語ではフルティージャなのに、サチコはどの国でも「サチコ」なのだ。どんな外国にいても私の名前はサチコで、他に代わるものは無い。そしてその馴染みある愛おしい単語を異国で耳にすると、私はほっとするのだった。

そして思った。
あ!犬もそうなんだ!
そうだ、名前がキーなんだ!


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デイケア初日の犬、いつもシャイな犬、居場所無さそうにしている犬たちに私は名前をたくさん呼んであげることにした。
フェリックス!大丈夫?
おぉぉ、、ケリー、グッドガールね!
アーチー カム!


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名前を呼んであげると、隅っこの方で泣きそうな顔をして佇んでいた犬の顔がパット明るくなり近寄って来る。
あ、このおばちゃん、ママとパパと同じ言葉をぼくに言ってくれる!
と近寄って来る。
そうだよ、仲間なんだよ。魔法の言葉を知ってるんだよ。


今ではスタッフの多くの人が頻繁に「サチコ」と口にしてくれるようになった。パッと目があっただけで通りすがりのアイリーンが「サチコ~!」と笑顔で言う。
若者代表のミアが「ヘイ!サチコ!」と挨拶してくれる。
エイヴィーが「ワッツ アップ サチコ?WHAT'S UP?」と言ってくれる。

幸せな子 幸子。
「みんながSACHIOKOって名前だったら、みんな幸せになるね」あの日少年に言われた名前(←クリック)、私はこの世界共通の単語が本当に好きだ。

あぁ、名前があって良かった。

ところでさぁ、哲、アフリカンアメリカンの人が出ている映画でも毎日観ていたらいつか彼らの英語も分かるようになるのかなぁ。


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意味。

生まれ変わったら何になりたい?
バレリーナになりたいなぁ。

数か月前のことだった。ボランティア先の友達が白黒の写真を見せてくれた。写真では止まっているものは、ゆっくりとうごめいているのだろう。
それは新しい命だった。この子はどんな人生を送るのだろう。バレリーナになるのかもしれない。未来を持った命をお腹の中に宿すって一体どんな感じなんだろう。その命を育むというのはどんな感じなんだろう。

どんなに辛いことも時間が解決してくれる。時間の効用に今までどれだけ助けてもらったことか。時間は、その時の辛さを後で懐かしく思い出し、笑い話とまでは行けなくとも、微笑みながら話せる日を作ってくれる。誰の人生もそうであるようにこんな私でも、辛かったことはもちろんあった。でもどれも振り返ると「あの時辛くて良かった。だから今の自分があるんだ。」と思えるようになっている。全ての出来事には意味があるんだ。病気がちだったこと、チリで寂しく辛かったこと、もちろんそれらを思いだす度に胸は痛むが、以前はその話を自分からすることは出来なかったのに、今は隠すことなく自分から話せる。こうして話すことが出来た時、やっと、あぁ、本当に乗り切ったんだぁ。と嬉しくなる。

良いことにしろ悪いことにしろ、何かあるとその出来事にはなにかしらの「意味」があると思っていた。結果論なのかもしれないが、あの時あんなことが起きたのは、その後こんなことが起きるためだったんだ、、などと、人は人生の出来事に意味を見出し、筋道を立てたくなる。私は神さまを信じている。おばあちゃんや天国にいる愛する人達が見守ってくれ、励ましてくれたりしていると思っている。そしてその人たちが、自分が一番自分らしく生きることが出来るように、見えない道に導いてくれているのだと思っている。出来事と出来事の間に筋道を立てて導いてくれているような気がするのだ。不妊治療をしても子供が出来なかったことにもきっと意味があるんだと、私達は数年前に結論付けた。そして、「子供を持つこと」に終止符を打ち、今あるものを楽しむことにした。時間が助けてくれた。今の私は治療しても子供が出来なかった自分を受け入れ、心から素直に、新しくどこかで芽生えている命を喜んであげることが出来る。

考えてみたら子供の時から「子供」が好きだった。小学生の時から自分よりも年下の子の面倒を見るのが好きで、家にはいつもその小さな子たちが「さっちゃん!あそぼ!」と声をかけに来てくれていた。子供の時から「おかあさん」になりたかった。

数か月前に白黒の写真を見た時、久しぶりに心が何かを訴えていた。吹っ切れたつもりだったのに吹っ切れていなかったのだろう。女性として生まれて来たからには命を宿したい。自分の子を胸に抱きたい。「子供がいなくて良かったね」と話すこともある中で、心のどこかにあるその思いは消すことは出来ていなかったのだ。時間が経っても忘れてはいなかったのだ。

哲、やっぱりちょっと悲しくなっちゃった。
なんで幸子には子供がいないんだろう。
こんなに好きなのに。
良いお母さんになれると思うのに。
一体意味はなんだろう。
神さまは何をさちこにさせようと思っているのだろう。


そう、哲に問いかけた私に哲は一言、、

意味なんてないんだよ。と言った。

その素っ気ないとも言える短い文章は、ストンと私の心に届いた。今までは哲も一緒に「子供のいない意味」を考え、きっともっと他に助ける人がいるからとか、私達を必要としている人や動物がいるからだとか結論付けていたのに、「意味なんてない」と哲が言ったのは初めてだったのだ。

肩の力がふぅっと抜けた。
そっか、意味なんてないんだ。
ただ、子供がいないだけなんだ。


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子供がいない私は、一体どのような人生を送るべきなんだろうと、ここ10年くらい、ずっと自分の道を模索し続けていた。
それに何か自分の嫌な部分を見ると、
あぁ、こんなだから神さまは私には子供が育てられないと思って、授けてくれなかったんだ。
と考え、自分が「持てないこと」の意味を自分の中の欠点と結びつけていた。

意味なんてない。

もう、そんな風に思わなくていいんだ。ただ、私達には子供がいないだけなんだ。そうだったんだ。

自分が生まれて来た意味も良く考える私には「ただ、幸せに生きれば良いんだよ」と言った哲のもう一つの言葉のお蔭で、私の気持ちは急に楽になった。

今を生きればいいんだね。幸せであればいいんだね。。後のことも、先のことも、意味なんてなく、ただ「自分として」生きて行く。

40年以上、神様の思惑を伺おうと必死に考えていた私の思考回路を直すのは至難の業だが、残りの人生、「意味を見出さず」生きて行こう。私は私。

全ての出来事にはもしかしたら意味なんて無いのかもしれないが、

でもね、哲と出会った意味はあると思う。

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こんな私に大事なことをいつも教えてくれるから。

生まれ変わったら何になりたい?
バレリーナじゃない。
生まれ変わったら「母」になりたい。

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IT IS HAPPENING。

それが陽の目を見ようが見まいが、人は「何か光るもの」を必ず持って生まれて来たと信じている。「これをさせたらあなたはぴか一!」というようなものを。哲は東洋医学医になり自分に持って生まれた光るものを輝かせてあげていると思う。私は未だに自分の中の眠る宝石を探索中だが、これから見つかると信じている。見つけようとしている。

反対に、「これだけはどう頑張っても出来ない」という物もほとんどの人は持って生まれている。自分の宝石は見つけていない私だが、この「出来ない」ものはずっと前から分かっている。それは車の運転だ。

大抵のことは努力すれば多少なりとも出来ると思って生きてきたが、車の運転というものに直面した時、こればっかりは努力しても駄目かもしれない、、と珍しく諦めた。二十歳の私がマニュアルの免許をとろうとしていた時には、自分と同じ苗字を持つひょうきんな足立先生に「あのぉ、私やっぱり免許をとるのやめようと思います。」と相談した。もちろん先生は「頑張れ!」と背中を押し励ましてくれ、そして無事に免許をとることが出来た。だがその免許はそのまま財布にしまわれ、何度か更新はされたものの今は無効となっている。

そんな私が今、自分が苦手だと分かっている車の運転にチャレンジしている。アメリカでも一度挫折した免許取得を再度試みようとしているのだ。友人は足立先生のように「大丈夫!慣れればなんてことなくなるから!」「私でも出来るんだから!」「頑張って!」と応援してくれ、そしてその言葉に励まされるように、今日も助手席に足立先生の代わりに哲を乗せ、運転の練習をしたのだった。

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みんなに励まされその気になる時、楽しそうに運転をしている自分を想像する。そう、やれば出来る。慣れれば大丈夫と自分に言い聞かせる。そして免許を取得し、好きな時に買い物をしている自分を想像する。
あぁ、やる気が出て来た!出来るような気になってきた!
MAKE IT HAPPEN!
IT IS HAPPENING!


そう自己暗示し嬉しい気持ちのスタートを切るのだが、いざ練習し終えると毎回決まって落ち込み、心が泣いているのだ。それは足立先生や友達とは違い哲が励ましてくれないからだった。

こうした方が良い、ああした方が良い、幸子はもっとここを練習しなくてはならない、、とポイントを教えてくれるものの、失敗した時に哲が見せる表情にまず落ち込む。最後に「GOOD JOB」とは言ってくれるが、明るい口調では無く、社交辞令的な言葉にしか聞こえてこないのだ。
ねぇ、運転楽しんでる?
その質問も「楽しんでいない様子」を見てとられ、だからこそここで励まして欲しいのに「したくなかったらしなくていいんだよ」と違う方向へ導いてくれるのだ。

自分の教官は哲以外にあり得ない。でもこのままでは運転が楽しくなくなってしまう、、、と思った私は思い切って哲に心の内を打ち明けた。

みんなは運転することを頑張れって励ましてくれるのに、どうして哲は励ましてくれないの。
毎回運転の練習をする度に、泣きたくなるような気持になって、このままだと続けることが出来ないよ。
なんでいつも怒ったような顔をしているの。


すると哲は、、

しょうがないじゃん。みんなとは立場が違うんだよ。幸子の命がかかっているんだから!

あぁ、どうしてそんなことに気付いてあげなかったのだろう。
今まで「どうしてどうして」と思っていた疑問が解決されただけでは無く、哲の行動の理由が「自分を大事に思ってくれていること」から来ていると知り、泣いていた心が嬉し泣きに変わった。そしてそれほどまでに心配してくれているなら、危険と思われている運転をしない方が哲のためになるのかもしれないとまで思った。

うううん、でもそんな哲のために頑張る。

週に2度は練習するようにしているが、未だ毎回ハンドルを握るたびにドキドキし、家に到着した時には安堵で疲れる。

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哲に「別に運転をしなくてもいいんだよ。嫌なら無理してすることないんだから。」と言われる度に、何度も「そうだよね、無理してまですることないんだよね。」と折れそうになる。哲もこんなに心配していることだし。でも、私はその大事な家族のために頑張りたいのだ。哲が倒れた時、病院に行くのに人に頼らなくてはならなかった。クルミが死にそうになり入院しなくてはならなかった時もタクシーには乗せることが出来ないから、クリニックのスタッフであるソラが仕事中なのに病院に送ってくれた。自分の家族くらい自分で守らなくては。

家族だからお互いを心配する。そしてそんな夜、フェイスタイムをしたお義母さんが最後に「幸子さん、運転気を付けてね。」とその前に話していた内容から続く涙声で言ってくれた。

ハンドルを握る。緊張する。シートベルトをし、エンジンをかけミラーを確認。左にウィンカーを出し、さぁ、いざ!

幸子!今、ちゃんと後ろ確認したの?
し ま し たっ!

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苦手だけで頑張る。右で心配している人を守るため。急ブレーキで前のめりになる後ろにいる二匹を守るため。そして自分の自由のため。

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カローラに乗って。

赤ちゃんが「オギャー」と生まれ一番最初に持つ感情は、「オギャー」と泣いているのだから「嬉」である訳は無い。私の好きなマッキーが『生まれたときあんなに大きな声で泣いたのは このココロとカラダを全部使って 今度こそは誰かに何かいいことをできるチャンスをもらえたのが嬉しかったからなんです。』と歌っているからと言って、「嬉しかったのだ」とは思えない。あの「オギャー」は「ここさむい!」「くるしい!」「あかるい!」「何だか分からないことがおきている!」と言って大きな声で泣いているのだと思う。そしてその後、赤ちゃんは成長と共に、泣くことだけではなく笑うことも覚え、徐々に喜怒哀楽を持って行くのだろう。

喜怒哀楽は基本的な感情でその他にも人間にはいろいろな感情がある。その中に、物心ついた時にようやく持つ感情がある。「恥ずかしい」という感情だ。幼い子は「恥」も知らずに行動する。だが、一度この「恥ずかしい」という感情を持つと、それは、喜怒哀楽同様に、いやそれよりもむしろ強く人に影響する感情となる。

幼い時の出来事を思いだしてみよう。その中の半分とまでは行かないが、いくつかの思い出は「恥ずかしい」と感じた時のことだ。それは今思うと大したことでは無いのに、子供心ながらに「恥」を感じ、そしてその小さな「恥」をこんな大人になってまで引きずってしまうくらい、その「恥ずかしい」という感情は強烈なものなのだ。

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動物だって喜怒哀楽を持っていると思うが、おそらく「恥ずかしい」という感情は人間だけのものなのだろう。それは「自分」の姿を知り、中身だけでは無く「外見」からも自分を見、他の人と比較してしまうからなのかもしれない。もしハルが自分が小さな犬だと知ったら、あんなに偉そうに他の犬にワン!なんって言ったりしないのかもしれない。鏡の中の自分を見ても、あの小さな犬は自分だと思っていないのだろう。実際クルミに至っては鏡の前に立尽し、「どうしてあなたはそこから出てこないの?」というようは不思議な顔をしたりする。もし、私が自分の外見を一度も見たことは無く、背が高いのか低いのかも目線だけで判断し、どんな顔をして、どんな髪型で、皺があることもシミがあることも知らなかったら「恥ずかしい」という感情は持たないで済むのかもしれない。いいな。

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小さい時にはおばあちゃんが誉めてくれた目も口も、小学生になると男の子に「たれめ!」「おちょぼ口!」と茶化されてあっという間におばあちゃんにかけてもらっていた魔法は消えてしまった。顔の中で一番好きだと思っていた「えくぼ」ですら、「えくぼお化け」と言われてから違う目で見るようになってしまった。こうして目で自分を見ることと同様に「耳で人の言葉を聞くこと」も恥ずかしいという気持ちに加担する。茶化されても、「自分は自分」とその言葉に耳を傾けず自信を持って入れば格好良いのに、なかなかそういう態度が出来ない。出来ないどころかむしろ自ら「私はたれ目だし」「団子っ鼻だし」と人の言葉を借りて欠点を暴露してしまったりするのだ。

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決まったことを日々行っているような我が家の生活に、ここ数週間、急に加わった活動がある。それは車のディーラーをめぐることだ。10年乗り込んだ愛車カローラがたが来て、修理してもまた次の修理とその修理代が割に合わなくなって来たのだ。カローラを買ったのは10年前。その時はまだ収入が無い時で、残っていた貯金で思い切って買ったのだ。テキサスの時には車さえも持てなかったこと、そしてこのカローラが私達が初めて自分達の選んだ新車だったからそれは嬉しく、愛くるしかった(←クリック)。

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ナンバープレイトはSACCHANとし、さっちゃん号。そしてハルが家族に加わってからはプレートを変えHARU号となった。何年も乗り込んで行くうちに、もちろん消耗品である車にはだんだん不具合が出て来る。それと共に私は自ら『ポンコツHARU号』と自分の愛する車を愛情を込め卑下するような呼び方を始めた。その後修理箇所が見つかった時、哲は「さちこがポンコツポンコツ言うから本当にポンコツになったんだよ!」と少し怒って言っていたっけ。あんな風に哲が言うのは珍しかったから覚えている。そんな風に哲に言われても、ブログと言う公の場で「ポンコツHARU号」と一度呼び始めてしまった私は、その後も引き続き「ポンコツHARU号」と呼び続けなくてはならないような気持になり、でも呼ぶ度に「ごめんね」と心の中で言っていた。

10年経った今、哲はカローラを卒業しようと決めたらしい。そしていくつか回ったディーラーで乗った車は「私達がこんな車に乗れるようになったの?」と思うような車で、もちろんディーラー側はいろいろと質問をしてくる。毎回必ず聞かれるのは「今、何乗ってる車は何ですか?」

とあるディーラーに行った時、例外なくこの質問を投げかけられた。そして、「カローラです」と言うと、良かれと思って言ったのだろうが
「HA!それは今度は自分にご褒美だね。もう僕はこれに乗る価値がある!っていうご褒美だね。」
と結果的にカローラを少し馬鹿にしたような言い回しになったのだ。私はその言葉を耳で聞いてそのまま真に受け、その言葉と口調を「心」に伝えてしまった。

カローラを持っているのは恥ずかしいことなんだ。

それからというもの、私は他のディーラに行って同じ質問をされると、普通にただ「カローラです」と言えなくなり、「あははぁ、、カローラなんですよ、、」と答えるようになった。そんな様子を見て「カローラの何が悪いんだい?」と逆にフォローしてくれるディーラーがいたくらいに、きっと私がカローラを持っていることを「恥」と思っているように見えたのだろう。

恥ずかしいという気持ちはとても嫌な気持ちだ。なぜならそれは自分に対して失礼だからだ。人の言うことを耳で聞き真に受け、自分を失う。
あ!だから「恥」という漢字は「耳」と「心」で出来ているんだ!耳が心とくっついてしまった時に、恥ずかしいという気持ちが生じるんだ!
なんて勝手に納得していたら、どうやら「恥」という漢字は、恥ずかしい気持ちを持つと耳が心臓のように赤くなるからと説明されていた。
でも、私の中では、耳から「恥」は来ると思う。私のモットーの一つに自分の目を信じる。自分の体験を信じるというものがある。だから人の言う噂話などには耳を傾けずそれに左右されないようにしているのだが、それが自分に関わることとなるとそれが出来ないものなのだ。

また明後日ディーラーに行く。愛車カローラに乗って。ブレーキをかけ止まる度にどこかで変な音がするカローラに乗って。そして今度は胸を張って、、、とまでは行かないが、「カローラに乗っています」と恥ずかしがらずに言おう。恥ずかしいと思う気持ちは自分が勝手に作った感情。

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ポンコツHARU号、いざ!


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家。

もじもじとしか最初は口を開けなかった私が、よくもここまで神経図太く大きな口を開けるようになったものだ。ジャパニーズイングリッシュが恥ずかしいからと、日本人の前では英語を話したくなかった時もあった。でも、いつの頃からだろう。おそらくチリに言った後だと思う。これ以上上達する訳がないと開き直り、自分の話すジャパニーズイングリッシュを全く気にしなくなった。

10年前に住んでいたテキサス、そのオースティンのコミュニティカレッジではどのクラスもいつも一番前に座り、そして必ずと行って良いほど手をあげて質問をしていた。見知らぬ通りすがりの人に「あら、その帽子素敵ね!」なんて話しかけらたことにびっくりしていた私だったのに、気づけば自分がそうしている。バスに座れば横の人と話し、英語の世界にいることが苦にならないどころか、心地良さを感じるようにまでなっていた。

と、思っていた。

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私はペストリーやパンを見ているのが大好きだ。それらのものを見ているだけで胸が躍るのだ。そして、その「美味しそうなもの」を誰かに手渡すことに喜びを感じる。だからベイカリーでの仕事は私にとって完璧な仕事だった。(←クリックそれならなぜ辞めたのだろう。辞めた時は、スケジュールの大変さだと思っていたが、もしかしたらそうでは無かったことに昨日気付いた。

人間は忘却の生き物だ。例外にもれずあれから数年も経ち、思い出すのは良いことばかりで、あの時どんなに大変だったかと言うことを忘れるようになっていた。そして、またベイカリーで働いてみたい、あの活気のある空気の中に身を置きたい、お客様と接したいと思う気持ちが募って来ていたのだった。でも何かを恐れている。それが何だか分からなかったが、昨日分かった。何を恐れているのか、それは、、
アメリカ人とのコミュニケーション
を恐れていたのだ。英語の世界にいることが苦にならなくなった私は英語の世界もいることが怖いのだ。

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6月14日にミーティングを行うので6時にシェルターに来てくださいと連絡があったのは2週間ほど前のことだった。私がボランティアをしているシェルターで、プレイグループ係の人だけのミーティングを行うらしい。プレイグループのメンバーは全員で10名、みな知っている人だから全く緊張するものでは無く、むしろ「犬を大切に思う」という同じ価値観を持っている人達との集まりだから居心地が良いだろうと、楽しみにさえしていた。
6時から始まったミーティングは8時前に終わり、そして哲がハルとクルミを連れて迎えに来てくれた。

3人の顔を見たらホッとし、ハルとクルミにおやつをあげ、シートベルトを締め、走り出した車の中でつぶやいた。

やっぱりアメリカ社会で生き延びれないと思う。
出来ると思っていたけれど駄目だ。
何だかね、、凹んじゃった。
仕事したいなんて言っていたけれど、何か仕事をしても駄目だと思う。
質問、しなかったんだよ。うううん、出来なかったんだよ。一言も口を開かなかった。
みんな、すごい勢いで話すからだまっちゃった。


え!質問しなかったの?

私が質問好きなことを知っている哲は驚いた。

うん、、、、、。

そんな気持ちでうつむき加減に家に戻り、そして家に入った。何度も帰って来ている家なおんい、いつも家と違った。

あぁ、、、なんてリラックス出来る空間なんだろう。

専業主婦である私にとって「家」は職場だ。だから普段はリラックスするどころか、いつも総監督と化し、何かすることを見つけては総監督自ら動いている日々なのだ。ここではONとOFFが無い。しかしこの日、ミーティングで集中力を持ってONだった私は、家に戻りOFFになることが出来たのだ。

ベイカリーで働いていた時、8時間も留守番をしてくれていたハルを思い、スニーカーに靴を履き替えて走り、そしてドアを開けてハルの顔を見た時、ほっとして涙を出したのを覚えている。ハル、、、とかがんだら、ハルが涙を舐めてくれた。あの時、アメリカ人の早い会話速度に戸惑い、自分が一生懸命頑張っているのに、「我」を出すのが上手な人たちの中で自分は埋もれてしまっているように感じ無力感を感じていたのだ。そう言えば、仕事でなく友人ともグループに入ると私は黙ってしまう傾向がある。一対一の付き合いで無いと、自分のことを話せない。ベイカリーではお客様と一対一で接している時は幸せだったが、仕事はチームワークだったからその他の時は常に緊張し、怖かった。授業で質問が出来たのは、それは誰も話をしていない中で、質問出来るからなのだろう。昨日のミーティングはディスカッション形式だったから、一対一では無かった。だから質問出来なかったのだろう。

本来の「家たるもの」を思い出させてくれたこの出来事は、そのままさらりと流してはならないような気がした。もしかしたらいくら大変と思っても、いくら凹んでも、「家」での時間を尊むために外の世界にもまれても良いのかもしれない。

シェルターへのミーティングに行く前に、小鍋にカレー、そして冷蔵庫にサラダを用意して出て行った。そしてメモにデザートは冷蔵庫のを食べてね、、と書いたのに食べていなかった哲に、

あれ?デザート食べなかったの?
だって、幸子と食べようと思ったから。
いいのに。2個あるし。
うううん、それでも幸子と食べようと思ったから。

夕方の光の中、赤い車に乗った3人が笑顔で私を迎え入れてくれ、そして小さなデザートが冷蔵庫に残っているのを見て、心が温まった夕方だった。

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哲、シャワー浴びてくるね。
あいよ。

シャワーも温たかった。

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